第23話 最初の食事

 カズマはイヒトーダ伯爵領以外の上空をフワフワと飛んで道なりに進んでいた。


 あっという間にいくつかの村や小さい街を過ぎると、ひと際大きな街の上空まで来た。


 確かイヒトーダ伯爵から渡された地図の写し通りなら、この街は隣領でアークサイ公爵勢力の貴族の領都のはずだ。


 そこから少し南下して領境をまた超えると、中立派の貴族、アゼンダ子爵の領内に入れるはず。


 カズマはどこかで地図を確認しようと思い、食事も兼ねて眼下の領都に降りてみる事にした。


 領都はイヒトーダ伯爵領都に比べたら、まだ、小さいがそれでもやはり人が多く賑わっているように見えた。


『霊体化』状態で人混みをすいすいと通過し、人気のないところを探す。


 そうしていると、


「イヒトーダ伯爵領にはいつ攻め込むんだろうな?」


 という声が聞こえる。


 酒場の入り口付近の兵士の格好をした二人組の男の会話であった。


 カズマは、気になったのでそのまま、酒場に入っていく男達にフワフワと『霊体化』状態のまま憑いて行く。


「マスター、こっちにビールを二杯くれ!」


「あいよ」


 カウンター席に座った二人組は、先程の話を続ける。


「伯爵領にははっきりと敵に回った証拠がないと中々攻め込めないだろうな」


 一方の額に傷がある男がそう答えた。


「ホーンム侯爵派についてからだと、遅くないか?隊長は先手必勝だと領主様に訴えていたぜ?」


「あそこには元王国騎士団団長と副団長がいる。その下で育った領兵もかなり強いって話だ。それにこっちから先に手を出して喜ぶのはホーンム侯爵派だ。イヒトーダ伯爵領の北と東は我らアークサイ公爵派勢力圏、西と南はホーンム侯爵派の勢力圏だから、先に手を出してあっちに付かれでもしたらこっちは大損さ」


「それなら、万が一ホーンム侯爵派に付いてしまっても手遅れになるだろう?」


「だからこそ、こっちに付くように、検問所を厳しくして締めあげている最中なのさ。ホーンム侯爵も考える事は同じで、あっちも同じ事をしているらしい。どちらにせよ、弱らせる意味でも、イヒトーダ伯爵を締めあげ、こちらに外交で味方に引き込むというのが、今のところの作戦さ。戦は最終手段だ。中途半端に手を出して両派とも被害を出しているみたいだしな」


「何だ、すでに手を出してたのかよ?」


「隊長が直接領兵を率いて領境を荒らしに行った事があるらしいが、あちらの元王国副団長ランスロット率いる領兵隊にボコボコにやられて恥をかいたらしい。捕虜はすぐ解き放たれたらしいから、大きな騒ぎにはなっていないし、戒厳令も敷かれてあんまり噂にはなっていないが、隊長も一時拘束されていたらしいぜ。攻めろと具申しているのは汚名返上の為だろうな」


 カズマはそれを聞いて少し、嬉しくなった。


 父ランスロットは家を留守の間、外で活躍していたのだと、誇らしく思えたのだ。


 カズマはこれ以上は聞いても時間の無駄と思い、酒場を壁越しにすり抜けて外に出る。


 そして、裏通りの人気のない物陰で『霊体化』を解くと、表の通りに出て先程見つけた食事が美味しそうな食堂に飛び込むのであった。


「あら、坊や一人かい?その恰好、まさか一人でこんな物騒な時期に旅をしているとか言わないでおくれよ?」


 食堂の従業員と思われるおばさんが、カズマの大きなリュックを背負った旅装姿に驚きながら席に案内した。


「今日のおススメ定食を一つ下さい」


 カズマは余計な事は言わない方がいいと思い、注文だけした。


 母セイラに教えられた通りである。


 どんなお店でもおススメが一番無難だと忠告されていたのだ。


「今日は、黒パンにチーズ、一角兎の太もも肉の香草焼き、それに野菜スープだけど、水もいるかい、坊や」


 おばさんは慎重そうな対応のカズマを微笑ましく感じたのか丁寧に説明した。


「それでお願いします」


「あいよ。銅貨五枚だよ」


「はい」


 カズマは前払いのお代を支払う。


 周囲の大人はそのカズマが支払う為に取り出した革袋の大きさで値踏みしていた。


 ほとんど入っていないように見える。


 大抵の者は、そこでカズマを狙うのを止めた。


 だが、背中のリュックの大きさで値踏みしている者もいた。


「……身なりも悪くないよな?」


「……余所者のガキなら、ちょっと裏道に案内すれば、いけそうだ」


 こそこそとカズマには聞こえない声で相談をしていた二人組の男は、カズマを時折みている。


 そうとは知らないが、視線を感じたカズマは狙われているのだろうなと予想はついたが、気づかないフリをして運ばれてきた食事を食べ始めた。


 子供一人旅はやっぱり危険だよなぁ。


 と他人事のように思いながら、香草焼きが思いの外美味しくて被りつくカズマであった。



「ご馳走様でした」


「あいよ。……坊や、大きな通り以外歩いたら駄目だからね?知らない大人について行っても駄目だから、気を付けていきなよ」


 親切なおばさん従業員はカズマが客の一部が狙っている事に気づいたのか、こっそりとアドバイスしてくれた。


「はい。大丈夫です」


 カズマは笑顔で親切に応じると、リュックを背負い直し、食堂を後にするのであった。



 カズマが、通りを歩いていると、先程のお店から二人組の男が、付けて来ていた。


 やはり自分を狙っているようだ。


 おばさんのアドバイス通り、大きな通りを歩いても良いのだが、それだと『霊体化』して次の街に行く事も出来ない。


 カズマは急に走り出すと、狭い路地に飛び込んだ。


「俺達に気づいたぞ!」


「自分から裏通りに飛び込みやがった!あそこは袋小路だ。逆についてるぜ!」


 尾行していた男達は、カズマの後を追って人混みをかき分けて進むと、裏通りに入ってカズマの後を追う。


 だが、そこにはリュックを背負った子供の姿は無くなっていた。


「どこへ行きやがった!?」


「探せ!どこかゴミ箱にでも隠れているはずだ!」


 二人の男を見下ろして、『霊体化』したカズマは溜息を吐く。


「これじゃあ、食事する時も気を遣うでござるな」


 カズマはござる口調で、愚痴を漏らすと、最初の目的地、中立派貴族アゼンダ子爵領に向けてフワフワと空を飛んでいくのであった。

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