第24話 旅先での初野宿

 カズマは中立派であるアゼンダ子爵領に入り、検問所を通過したその道すがらの森で『霊体化』を解いた。


「さすがに魔力を沢山消費した気がする……」


 カズマは、疲れたように溜息を吐いた。


 時間は夕方であり、辺りは暗くなりつつある。


 本当はアゼンダ子爵領都まで行きたかったが、さすがに魔力の方が持たなかった。


 無理して進めば、もしかしたら、ギリギリ足りるかもしれないが、お昼のように何か起きた場合、完全に魔力がない状態では心持たない。


 一応、貴重な魔法回復ポーションはイヒトーダ伯爵からいくつか緊急用としてもらっているが、さすがにそれを使う状況をわざわざ作るつもりもなかった。


 カズマは街道から少し外れた森の大きな木の下で野宿する決断をした。


 今から火を起こせば、夜までに間に合う。


 そう、カズマは残念な事に生活魔法の類が使えない。


 だから、火を起こすのも自力でやらないといけないから、時間が欲しい事も早めに野宿を決定した理由の一つである。


 カズマは大きなリュックを下ろすと、周囲に落ちている大小の枝を一か所に集めると、リュックから麻ヒモを出して手頃な長さで切り、それを解して火種にする。


 その準備が出来ると、腰袋から火打石を出した。


 カズマは手馴れた様子でその麻ヒモの火口の近くで火打石を打って、点火する。


 数度火花を起こすとすぐに火が付き、瞬く間にその火は小さい枝に燃え広がり、焚火になるのであった。


「とりあえず、これで少しは安全確保できたかな」


 カズマは、火が起きたところで少し緊張が解けた。


 前々世では慣れたものであったが、こちらの世界でも大丈夫かはわからなかったから、多少緊張はあったのだ。


 水は同じくリュックの横に下げている革袋の水筒に入れてある。


 昼間の食堂で補充しておいたのも良かった。


 カズマはその革袋の水筒の栓を外して一口水を飲む。


「はぁー、『霊体化』していても、のどは乾いているものなんだなぁ……。──今晩の食事は焚火で焼いた黒パンと炙ったチーズで我慢しようか」


 カズマは一人事でそうつぶやくと、リュックから包みを取り出す。


 そこには同じく食堂で食べた時のあまりである黒パンとチーズの欠片が包んであった。


 カズマは黒パンとチーズを枝で作った串の先に刺し、焚火の傍に置く。


 あとは焦げないように様子を見て食べるだけだ。


「おっと、やっぱり先約がいたな。俺もその焚火を利用して良いかい?」


 すっかり暗くなって視界が悪い森の木々の合間からその声と共に一人の旅人らしい姿の腰に剣を佩いた男が現れた。


 そして、続ける。


「お?こいつは驚いた。まだ小さい子供じゃないか。保護者はどうした?」


 焚火の灯りに照らされた旅人らしい男は、カズマの姿を見て素直に驚いた。


 カズマは警戒してリュックの肩紐を右手で掴んだ。


 左手はいつでも武器収納から脇差しを取り出せるようにしていた。


「おっと、すまん。まさか坊主ひとりか?──それなら警戒するのも仕方がないな。俺は普段、この近くの道を通る時にはこの大きな木の下で野宿する事が多いんだ。お前を付けて来たとかじゃないぞ?」


 男は両手を広げて、襲う意思がないとばかりに示して見せた。


 男は背中にカズマと同じように大きなリュックを背負っている。


 リュックにはいろんな物が吊るされていた。


 もしかしたら、行商人なのかもしれない。


「……そっちならいいですよ?」


 カズマはまだ、警戒心を解かずに焚火を挟んだ向かい側を指差した。


「助かる。この場所は俺にとって落ち着く場所だからな。それにいまさら他の場所をこの暗がりで探すのも嫌だしな。──俺は、行商人で冒険者のキナイだ」


 キナイと名乗った茶色い髪に紫の瞳の行商人兼冒険者?は、軽く手を上げて自己紹介した。


「……カズマです」


 どこまで、警戒していいのかわからないところではあるが、重要任務の最中だ。余計な事は言わない方がいいだろうと、名前だけにしておいた。


 キナイは、大きなリュックを下ろすと、中から包みを取り出し、カズマと同じように、黒パンとチーズ、それに二切れの干し肉を取り出した。


 リュックに下げてあった鉄のフライパンを地面に置き、そこに水筒から何かの煮汁を少し入れて干し肉をそこに浸け、塩をぱらぱらと振りかける。


 煮汁で戻し、柔らかくして食べるのだろう。


 フライパンを焚火の上にかざして熱し始めた。


「ちょっと待ってな。それだけじゃもの足りないだろう?干し肉を一切れ分けるから」


 キナイはカズマの食事が黒パンとチーズだけだった事を指摘した。


「え?いや──」


 カズマは断ろうとした。


「あー、いいって!場所代みたいなものさ。俺は行商人、借りは作らないぜ」


 キナイはカズマの言葉を遮ってそう答える。


 しばらくたって水分と火が通って柔らかく、そして、温かくなった干し肉の端を指で摘まんでカズマの黒パンの上に乗せた。


「これで場所代は支払ったぜ」


 キナイはニヤリと笑うと自分は干し肉の出汁が出た煮汁に黒パンを浸してから和らかくし、そこに干し肉を乗せて一緒に食べる。


「この干し肉、結構いいやつだから食べろって、美味しいぞ」


 キナイは咀嚼しながらそう言うと、二口目を頬張るのであった。


 カズマはキナイに言われるまま焼けて熱を持つ黒パンに乗せられた干し肉に溶けて柔らかくなったチーズをとろりと乗せて頬張った。


 少し柔らかくなった干し肉の脂が口に溶けて旨味が広がる。


 チーズもトロトロだし、薄く切ったパンは焼けてサクサクだからとても美味しかった。


「美味いだろう?俺は冒険者でもあるからオークの上質な干し肉が安くで買えるのさ」


 キナイはカズマの美味しそうな顔を見て満足そうに言う。


 カズマは無言で頷いて答えると、残りも口いっぱいに頬張るのであった。

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