第25話 最初の書状

 初めての野宿で迎えた朝。


 カズマはまだ、朝日が昇り切らないうちに目を覚まし、焚火に土を被せて後始末をした。


 行商人兼冒険者のキナイはまだ、寝ている。


 それを確認したカズマは一晩の野宿仲間を拝むとその場を後にするのであった。


 カズマは街道の傍まで行くと周囲を確認してから『霊体化』して上空に浮遊する。


 そこに慌てて街道に飛び出し左右を確認するキナイの姿があった。


 どうやら、カズマがいないので探しているようだ。


「子供の一人旅は危険なのに何考えているんだ、あの坊主は!」


 キナイは置いて行かれた事もあって、少し怒りながら街道を走っていく。


「一緒だと、遅くなるからごめんでござる」


 カズマは浮遊する『霊体化』状態で、走っていくキナイの背中を拝むと、あっという間にそれを追い抜き道なりに飛び、一路、アゼンダ子爵領都を目指すのであった。



 アゼンダ子爵領都には昼前に到着した。


 アゼンダ子爵はカズマのところの領主であるイヒトーダ伯爵領に一番近い中立派貴族である。


 周囲がアークサイ公爵派とホーンム侯爵派に囲まれる中、なぜ子爵という下級貴族でありながら中立を保てているかと言うと、それは隣接する貴族に理由があった。


 アゼンダ子爵領の南東には同じ中立派であるツヨカーン侯爵領があるのだ。


 ツヨカーン侯爵は国内でも大きな力を持つ貴族でアークサイ公爵、ホーンム侯爵両陣営からも一目置かれている。


 そんな大貴族が心強い味方だからこそ、アゼンダ子爵は両陣営の圧力に負けず中立を保っているのだ。


 もちろん、中立を保つには強い意志が必要になる国内情勢であったから、金魚のフンのような日和見主義ではない。


 イヒトーダ伯爵はだからこそ、中立派が一丸になる為の書状をカズマに託したのであった。


「書状の渡し方は正統な方が良かったんだっけ?」


 カズマはアゼンダ子爵の館に向かう前に、その手前の道の林の陰で『霊体化』を解き、リュックの中からアゼンダ子爵について記述された羊皮紙を取り出して確認する事にした。


「性格は真面目で奇抜なやり方は好まない人、か。……僕が、突然空中から現れたら驚いて警戒するよね?」


 カズマは少し考えると、正面突破してみる事にした。


 幸い、アゼンダ子爵の館はあまり大きくない。


 警備兵が館の前に立っているものの、事情を説明して説得出来れば、すぐに会ってくれそうな素朴な感じの雰囲気の地味な館である。


 これで、派手な作りだったら、素直に会ってくれなさそうだが、イヒトーダ伯爵のメモ通りなら、理屈は通じそうだ。


 カズマはメモってある羊皮紙を丸めてリュックに直すと、アゼンダ子爵の館にトコトコと歩いて向かうのであった。



「何だい坊や?」


 大きなリュックを背負った子供が自分の前で止まったので、警備の兵士は確認した。


「アゼンダ子爵様宛の書状をお持ちしました。お目通りをお願い致します」


 カズマは堂々とそう告げると、警備兵にお願いした。


「「書状?」」


 二人の警備兵は子供から仰々しくお願いされて目を合わせると、少し笑って聞き返し、続けた。


「坊や、誰からの書状だい?俺達も仕事なんだ、それを確認しないといけないし、領主様はお忙しい方だ、そう無闇に会わせるわけにはいかないな」


 警備の子供の相手はしていられないとばかりに告げた。


「……重要な書状です。不用意に名を話して他に漏れた場合、僕はおろかあなた方も首が飛ぶかもしれません」


 カズマは真面目な顔でそう答える。


「……どうする?」


 あまりに真剣な表情で話すカズマに、警備兵は念の為同僚に聞く。


「子供相手に上にいちいちお伺い立てていたら、それこそ俺達の首が飛ぶぞ。──そういう事だから、大人しく帰ってくれよ、坊や」


 もう一人の警備兵はそう答えると、帰るように手を振る。


「……では直接渡しますね」


 カズマはそう意味深に答えると、館の門から離れていき、近くの林の中に消えていく。


「……どういう意味だ?」


 警備の兵は首を傾げる。


「さぁ?何かの遊びだろ?」


 二人の警備兵はそうやり取りをしていると、その上空には『霊体化』したカズマがいた。


「やっぱり、子供では警戒はされにくいけど、真剣に話を聞いてもらえないのが欠点でござるな」


『霊体化』すると数百年間の癖なのかござる口調に戻るカズマであった。


 カズマは、そのまま、館の玄関に向かい、扉を透けて通り中に入る。


 中ではメイドが掃除をしていた。


 それを無視してカズマは一部屋一部屋、覗き見をして中を確認、アゼンダ子爵と思われる風体の者を探して館の中を移動していく。


「──何度来ても同じです。私はどちらに付くつもりもない。お帰り下さい」


 カズマが、何部屋目かを覗き込んだところ、応接室と思われるところでそんな声が聞こえた。


 見ると、金髪に青い眼、口ひげを生やした貴族と思われる容姿の男性が、面会相手を部屋から追い出すところであった。


「アゼンダ子爵、後悔しますよ?」


「使者の方、それは何度も聞いた。私を説得する前に、ツヨカーン侯爵殿を説得した方が早いですぞ」


 アゼンダ子爵と呼ばれた男性はどこかの使者にそう応じると傍にいた使用人に、「使者殿を玄関まで案内せよ」と、言ってソファに座るのであった。


 応接室には使用人もいなくなり、使者も退室して、アゼンダ子爵だけだ。


 カズマは入り口に戻ると、周囲に誰もいないのを確かめ『霊体化』を解く、そして、応接室の扉をノックした。


「メイドか?──入れ」


「──失礼します」


 カズマは扉を開けて、応接室に入る。


「子供?どこの子だ?見覚えが無いが……?」


 使用人の子供だと思ったのか、アゼンダ子爵は不思議がった。


「アゼンダ子爵、初めまして。僕はイヒトーダ伯爵様の使者として参りました、カズマと申します。今日は書状をお持ちしたのでまずはこちらをお読みください」


 カズマは疑う暇を与えないようにイヒトーダ伯爵からの書状を渡す。


「伯爵の?」


 アゼンダ子爵は子供から伯爵の名前が出た事に驚き、思わず書状を受け取った。


 書状はイヒトーダ伯爵家の印が押された蠟で封がされているのを確認する。


「本物か……?──どれ」


 アゼンダ子爵は疑う暇もなく事実を前に書状を開いて内容を確かめた。


「……なるほど、そういう事情か……、──確認した。この内容に賛成だ。ツヨカーン侯爵を盟主にするのも良い。それをイヒトーダ伯爵と元騎士団長、副団長が支持してくれるのも心強い。──少し待つといい。侯爵には私も一筆書くから、それも届けてくれ。それでは執務室に行こう」


 アゼンダ子爵はイヒトーダ伯爵の書状の内容にすんなり納得すると、カズマを疑う事無く執務室に連れて行くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る