第26話 子爵の説得
アゼンダ子爵は執務室にカズマを案内すると、そこでやっとカズマの身分を証明するものを提示するように求めた。
傍には執事と思われる男性が立っている。
カズマはイヒトーダ伯爵に発行してもらった証明の札を懐から出すとその執事に渡す。
執事はそれを受け取って本物か確認してから、主であるアゼンダ子爵に渡した。
「うむ。伯爵自ら発行したもののようだな。……あまり大きな声で言えないが、我が領内にも間者が入っているようでな。警戒はしている。まさか子供が間者ではあるまいとは思ったが念の為だ」
アゼンダ子爵はそう言うと、札を執事越しにカズマに返した。
そして、続ける。
「伯爵領から遠くここまで来たのだ。カズマとやらを信じたいが、ここに来るまでどのくらいの人間に身分を明かしたか?検問所も含めてだ。ここまでアークサイ公爵、ホーンム侯爵両者の勢力圏をいくつか通過してきたはずだし、動きが読まれている可能性が高いだろう。こちらも慎重に事を進め、カズマが使者として書状を託していいのか確認したい。──大丈夫、この部屋はうちの執事の結界魔法が効いていて他に話が漏れる事はない」
アゼンダ子爵は、先程までのとんとん拍子で話が進んだ時とは打って変わって、慎重な姿勢を見せた。
「ここまで、誰にも身分を明かしていません。検問所は全て避けて来ました。人との接触も最低限で、僕がイヒトーダ伯爵領から来た事を知っている者は誰もいないと思います。ここの門番にも身分を明かしていませんから」
「そんな馬鹿な!?うちの密偵も他の領主の元に送り出して誰も戻ってこなかったのだぞ?言っては悪いが子供のカズマが警戒されにくいとはいえ、全ての検問所を避けてここまで辿り着くなど詳しい地形の把握と、時間を掛けた準備がないと不可能だ」
アゼンダ子爵は七歳のカズマの言う事がさすがに信じられないと首を振る。
「でも、それが事実です」
「……イヒトーダ伯爵が君を使者に選んだのは、それなりの能力があるから……、という事か?」
アゼンダ子爵はカズマの落ち着き払った態度に他の可能性を質問した。
「……そういう事です。僕なら、検問所を通らずに領境を越えられます。その証明として、僕はアゼンダ子爵の元まで来るのに、誰も僕を見かけた人はいないです。唯一見かけた門番さんは僕を門前払いしたので、その背中なら覚えていると思いますが」
アゼンダ子爵と執事は目を見合わせた。
執事が、外に確認の為出た。
「今、確認させる。──ところで、その検問所を通らずに領境を越える事が出来る能力に興味があるのだが、何のスキル持ちなのかな?盗賊?狩人、追跡者、それとも、野伏かな?だが、その歳でそれらのスキルの熟練度はたかが知れていると思うのだが……」
アゼンダ子爵は可能性のあるスキルをいくつか口にした。
「どれも違います。ただし、珍しいスキルなのでアゼンダ子爵様でも知らないと思います」
「ほう……。言い切ったな……。それだけ珍しいという事か。出来ればその能力の一端でも確認させてもらえるか。こちらも書状を託す身だ。安全を確認したい」
「……それならば誤解を招かないように執事の方が戻ってからにしましょう」
カズマは少し考えたが、アゼンダ子爵の言う事ももっともだ。
どこぞの七歳の子供に全てを託す博打はそうそう出来るものではない。
手の内を明かす事になるが、見せる約束をするのであった。
「?」
アゼンダ子爵はカズマの誤解が何を指すのかわからず不思議に思ったが、執事が戻るのを待つのであった。
執事はすぐに戻って来た。
アゼンダ子爵に首を振ってみせた。
「目撃者はいませんでした」
つまり、アゼンダ子爵の元まで、誰にも見つからずカズマがやってきた事を確認したのだ。
「まことか!?──凄いな……。警備態勢にはかなり気を遣っている身だったが、本当に気づかれずにこの館まで入って来ていたとは」
アゼンダ子爵はこの子供離れした口調のカズマに驚く。
「それではこれから、僕の能力をお見せします。ですが、それには武器を使用するので誤解しないで下さい」
カズマの言葉に、再び「?」となるアゼンダ子爵。
執事は武器と聞いて少し、カズマに警戒感を持った。
安心させておいて主を狙う可能性もあると考えたのだ。
カズマは、「武器収納」と、つぶやいて脇差しを取り出した。
「おお!その歳で武器収納が使えるのか!」
と、アゼンダ子爵は感心する。
そのカズマが、脇差しを抜くと、執事は主を庇うように前に一歩出た。
それをわき目にカズマはその脇差しをいつものようにお腹に突き刺した。
「「!?」」
とっさの事に子爵と執事の二人は驚き、次の瞬間、カズマの姿が消えた事にさらに驚愕する。
「ど、どういう事だ……!?」
アゼンダ子爵が呆然としながらそう口にする。
そこに扉へノックする音がする。
執事が扉を開けるとそこにはカズマが立っていて中に入って来た。
「……こんな感じです」
カズマが平然と言うと、アゼンダ子爵と執事は理解が追いつかないでいた。
「……どうやって、部屋から出たのだ?扉は開いていなかったが……」
アゼンダ子爵はまだ、頭の上に「?」が浮かんでいるのがわかるようなポカンとした顔で聞いてきた。
「これが僕の珍しい能力とだけ答えておきます。これで信じてもらえましたか?」
「……流石に種明かしまでは駄目か!はははっ!よくわかった。君の能力は疑う余地がなさそうだ。だが、信用は出来るのかな?そんな能力を持っていたら、どこからも引く手数多だろう。裏切らない保証がない」
アゼンダ子爵はちょっと意地悪な質問をした。
信用問題は示す術がないように思える。
「僕の名は、カズマ。カズマ・ナイツラウンドと言います。この苗字では信用に値しませんか?」
「ナイツラウンド?あの、元王国騎士団長、副団長のご子息か!札には名前しか書いてなかったが、その苗字だから伏せていたわけか。──なるほど。わかったカズマ、君を信じよう!」
アゼンダ子爵は全てに納得したという笑みを浮かべると、改めてツヨカーン侯爵への書状を用意する事を約束するのであった。
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