第95話 待ち合わせ場所の変更
カズマが旧イヒトーダ領で父ランスロットと感動の再会を果たしている頃。
アンは困った状況になりつつあった。
それは、村で怪しまれないように、旅芸人として芸を見せてお小遣い稼ぎをしていたのだが、想像以上に人気になってしまった。
それは、まだいい。
だが、近隣の村からも客が来ると、年頃の若者達がアンに恋心を抱いて迫ってきたのだ。
アンはやんわり断っていたのだが、日増しに若者達の行動は過激になっていき、宿屋に夜、夜這いの為に忍び込んで来る者まで出る始末。
アンはとっさに返り討ちにしてしまったのだが、相手が悪かった。
なんとそれが村長の息子だったのだ。
宿屋の主人も村長の息子の夜這いを止めるどころか合鍵を渡すという行為に出たので、アンもその宿屋に残るわけなどできない。
かといって、カズマがまだ帰ってこないのに、この村を留守にするわけにもいかなかった。
そこで宿屋の主人にカズマ宛の手紙をお願いする事で村を後にする事にしたのである。
アンは荷物を早々にまとめ、違う村へと移動する事にした。
「主人! 僕のアン殿はどこに行ったのだ!?」
大きな体の男が花束をもって、宿屋の主人に詰め寄っていた。
「ムラムス様。アン殿は今朝、宿屋をあとにしてよそに移られました」
「だから、どこへだ?」
「さぁ? 何やらアン殿には弟がいるらしく、その者がここを訪ねてきた時にはこの手紙を渡してくれるようにお願いされています」
宿屋の主人はそう言うと、アンから渡された手紙を見せた。
「アン殿に弟? どれ見せてみよ」
村長の息子ムラムスは宿屋の主人から手紙をひったくると、止める間もなく封を切り、中身を読み始めた。
「──何々……。『事情があって村を移動する事にしたので、一週間後、デンゼルの街の初めて稼いだ、あの場所で待っています』だと? これではどこかわからないではないか! ──それでその弟とはどういう人物だ?」
ムラムスはアンに男の影を感じて宿屋の主人に問いただす。
「わかりませんよ! ここに来た時は彼女一人でしたから……」
宿屋の主人は困った様子で答える。
「では、その弟を名乗る人物が来たら、俺に知らせるんだ。──この手紙はもう不要だな」
ムラムスはそう言うと、手紙を破って捨ててしまった。
「あ! 何をなさるんですか!」
宿屋の主人もさすがにこれはまずいと思ったのか非難する。
「伝言は俺がその弟とやらを見定めて、伝えるから問題ないだろう?」
ムラムスはそう一方的に告げると、その大きな体でどすどす歩くと出ていくのであった。
カズマは『霊体化』したままの姿で困惑していた。
村の入り口でアンと別れた時、宿屋の名前と部屋番号を聞いていたのだが、そこを訪れると、もぬけの殻になっていたからである。
「あれ? この部屋のはずでござるが……。荷物一つないどころか布団もないでござる……」
カズマは考え込む。
「仕方ないでござる。宿屋の主人に聞くでござるか……」
カズマは村の表までふわふわ飛んで移動すると、そこで『霊体化』を解き、出入り口の門番に旅芸人である事を名乗り、身分証を見せると中に入らせてもらう。
わざわざ村の外に出て、許可を取ったのは、村に無断で入って咎められると後が面倒だからである。
カズマは当然、宿屋に直行した。
「すみません。ここにアンという旅芸人が泊まっていたと思うのですが、いますか?」
と宿屋の主人に声をかけた。
「ああ! あんたが彼女の弟さんかい? ──それなら村長宅に行ってくれ。そこで村長の息子に聞けばお姉さんの居所がわかるかもしれない……」
宿屋の主人は、少し、申し訳なさそうな顔で答える。
「? 村長宅に行けばわかるかもしれない? どういう事ですか? 姉はここで待っているはずだったんですが?」
「詳しくは村長の息子に聞いてくれ。私からはそうとしか答えようがないよ。すまないね」
宿屋の主人は本当に申し訳なさそうに、答えると奥に引っ込む。
「……? よくわからないけど、ここを引き払ったのか。……とりあえず、村長宅に行ってみよう」
カズマは宿屋の主人に言われた通り、村長宅へと向かうのであった。
「お前がアンの弟? ……では、おい、弟。アンはどこだ?」
村長宅にいた村長の息子ムラムスは、自室でカズマを見るなり、御しやすいと思ったのか高圧的な態度で、詰問してきた。
「? ……宿屋の主人にはあなたが姉の居場所を知っていると聞いたのですが?」
カズマは疑問符を頭にいくつも浮かべて、答えた。
「俺はヒントしか知らない」
「ならば、それを教えてください」
「教えてもらいたかったら、俺と約束しろ。アンを俺に譲ると」
「はい?」
カズマは意味不明なやり取りにますます疑問符が頭に浮かんだ。
「俺はアンと結婚する予定だ。だが、思わぬ行き違いでアンがよそに行ってしまったのだ。弟なら姉の幸せを考えるのが第一だろう? 居場所がわかったら、一緒に行ってアンをこの村に連れ戻す手伝いをしろ」
「はぁ?」
カズマは呆れた意味も込めて一言そう答えた。
何を言っているんだこの人……。この数日で何があったのかはわからないけど、今は、お母さん達と協力してこの国に連行された王国民を助け出すのが大事な時。それに、そもそもあなたはアンのタイプじゃないよ?
カズマは内心でそう口にする。
「頭の悪いガキだな。痛い目に遭いたくなければ、黙ってアンを連れ戻すと約束すればいいんだよ!」
村長の息子ムラムスは、そう言うとカズマの左手首を強引に掴み捻り上げようとした。
だがカズマは、掴まれた手首を軸にその手のひらを相手の手首に回すように軽く添えた。
右手は掴んでいる相手の右手の上に軽く添える。
そして、少し力を入れると、相手の手首は完全に極まり、ムラムスはカズマを捻り上げるどころか手首の痛みに耐えられず、悲鳴を上げて床に倒れこむ。
これは前世で言うところの関節技である。
「痛たたっ! 何をしやがるガキ! 痛い! 離せ!」
大きな図体のムラムスは小さい子供のカズマの前の地面に土下座するように顔を押し付ける形になった。
「話して欲しいなら、姉の居場所のヒントを話せ。──ほら!」
カズマは手首を極めた手にまた軽く力を入れる。
「ギャー! 折れる! 止めてくれ! わ、わかったから! ──一週間後、デンゼルの街で待っているそうだ!」
「一週間後、デンゼルの街で? 他には?」
「それだけだ!」
「……」
あまりに漠然とした答えだったので、少し考えたカズマであったが、何か所か巡れば会えるかもしれないと考え、その手を離した。
「……このガキ!」
ムラムスは手首を摩ってなんともないとわかると、カズマに殴り掛かろうとした。
だがカズマはその出会い頭のムラムスの足を蹴り払って倒すと武器収納から脇差しを出し、上から座るように抑え込んで、ムラムスの首筋にピタリと当てた。
首筋の刃が触れた部分からは血が流れる。
「ひっ!」
ムラムスは軽く悲鳴を上げて動けなくなった。
「今後、アンに付きまとうようなら、次はないよ?」
カズマが迫真の演技で告げると、ムラムスは「は、はい……」と小さな声で応じる。
本当は首を縦に振りたいところだったが、刃が当たっているので、ピクリとも動けないのだ。
「……ならばよし」
カズマはそう告げると、脇差しをゆっくり首元から外す。
「……」
ムラムスは床に這いつくばったまま、一時の間動けなかったが、恐る恐る振り返るとカズマはその場から煙のように消えていたのであった。
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