第94話 父との再会

 カズマは心身の疲労からか、やつれた様子で身なりも汚い父ランスロットを見て、一瞬誰かわからない程であった。


 自分が知っているランスロットは母セイラに指摘されるから、身なりには最低限気を使っていたのだ。


 しかし、今は無精ひげが生え、髪はぼさぼさであったし、この一年、ずっと身なりに気を遣う余裕もなかったのだろうという感じであった。


 そこに、


「カズマが生きていてくれれば……」


 という言葉が聞こえてきた。


 すると父ランスロットの目から一筋の涙が流れる。


 そこでようやく、カズマは父ランスロットは自分や家族が死んだと思っているようだと理解した。


 一年もの間、連絡がないのだ。


 他の者なら一年連絡がなくても、何か事情があるのかもしれないと思えるが、カズマの場合、『霊体化』の能力があるから、事情が違う。


 それだけに、そのカズマから一年も連絡がないという事は、イコール死んでいる可能性が極めて大きいと考えてもおかしくないのは当然であった。


 カズマは、


「……一年もの間、心配をかけてしまったのでござる……」


 と、父ランスロットのテント内で浮遊しながらつぶやくと、お腹に刺さっている脇差しを抜いて『霊体化』を解いた。


「誰だ!?」


 父ランスロットは自分のテント内に他人の気配が突然現れたので、背後を振り返りながら剣に手をかけた。


 するとそこには、息子の姿があるではないか。


「……カズマ? いや、また、幻か……。俺は疲れているな……。──消えてくれ、幻よ……。これ以上、俺を苦しめてくれるな……」


 カズマの姿に現実とは思えない父ランスロットは普段から幻を見る事も多いのか、その存在を否定して、消える事を願った。


「お父さん、僕だよ……。連絡が遅れてごめん。幻じゃないから、泣かないで……」


 カズマはどう言ったら信じてもらえるかわからず、そう告げた。


「……本物、なのか? いや、待て……、前回もそれでどれだけショックだったか……。しかし──」


 父ランスロットが未だ信じられず、カズマの姿を否定しようとすると、カズマは一歩前に出ると手を伸ばし、父ランスロットのお腹に触れた。


 前世で幽霊だった身としては、何にも触れる事が出来ないもどかしさに、気がおかしくなりそうな思いに何度もなった事があったから、触って証明するのが一番だと判断したのだ。


「……!」


 父ランスロットは、お腹にカズマの手の感触を感じて、その目から今度はうれし涙が流れ落ちた。


「カズマ!」


 父ランスロットはそう名前を口にすると、カズマを引き寄せ抱きしめるのであった。



 カズマは嗚咽して自分を抱きしめる父ランスロットが落ち着くのを待って、母セイラやアンの生存を告げた。


 父ランスロットは母セイラの死についてはあり得ないと思っていたようで、あまり驚く様子はなかった。


 そして、アンの生存ももしかしたらという思いはあったと話してくれた。


 と言うのも、アンの家族はみんな殺されて死体も確認したのだが、アンは確認できなかった事、妻セイラの死体もなかったから二人が一緒の可能性があると思っていた事を口にした。


 その中で、同じく死体が見つからなかったカズマからは『霊体化』を使って連絡があると信じていたのだが、一年間全くないので、生存についてはカズマだけ、ほぼ皆無だろうとこの数か月は諦めていたのだという。


「ごめんなさい、お父さん……」


 カズマは謝ると、これまでなぜ連絡ができなかったのかを説明した。


「……そうか。帝国の鉱山に……。だが、無事生きてくれていてよかった。お前が一番生存の可能性が低いと思っていたからな……。お母さん達はどうしている?」


 カズマはそこでようやくアンと一緒に旅をして今、南下してきて国境近くの大きな街にいる事、そこで母セイラに出会った事、しかし、母セイラがイヒトーダ領の領民をはじめ、帝国側に連れ去られた人々と一斉蜂起して脱出を考えている事を話した。


「……セイラらしい発想だな。──わかった。一斉蜂起の時はこちらからも何か働きかけができるか、ツヨカーン侯爵に使者を出してみよう。だが、あまり、期待してくれるな。ツヨカーン侯爵勢力は今、アークサイ公爵、ホーンム侯爵両勢力相手に苦戦を強いられている。そして、俺はこの旧イヒトーダ領の再建だけで精一杯だったから国内の争いについて、あまり事情を知っていない。だが、形勢がかなり悪いというくらいは流れてくる情報だけでもわかっているが……」


 父ランスロットはやつれた顔に芳しくないという表情を浮かべて答えた。


「そんなに?」


 カズマは戦上手なツヨカーン侯爵や北部の最大勢力オーモス侯爵やヘビン辺境伯がいるから、驚いて聞き返した。


「ああ。ここは、最早、占領する価値もないからほとんど置き去りにされている状態だから、争いに巻き込まれる事もないんだが、行商から聞いた話では、ツヨカーン侯爵達は防戦一方状態らしい。やはり、三勢力で均衡を保っていたからこそ安定していたが、二勢力が手を組んだことでその均衡が崩れるのもあっという間だったようだ」


 父ランスロットは溜息をつく。


 それに、ツヨカーン勢力は帝国軍との戦で一番矢面に立っていただけに、被害も一番大きかったはずだ。


 そして、その痛手があるまま内乱になってしまったので厳しい状態だろう事はカズマでも容易に想像がつく。


「……わかったよ。じゃあ、僕達だけでどうにかしてみる。お母さんは自分だけでどうにかしようとしていたみたいだしね」


 カズマは母セイラの逞しさに改めて苦笑しながら父ランスロットに応じた。


「俺も部下を国境線付近にやって情報を集めておく。今、帝国とまた戦争をするわけにはいかないから、軍を派遣するのは難しいだろうが、最悪の場合、帝国との戦争に再度持ち込んで内乱を止める事もできるかもしれない」


 父ランスロットは危険な策を口にした。


「それは、本当に最悪の場合のみでお願いだよ。……ツヨカーン侯爵や王家には、逃げてきた領民達の保護と帝国にどう対応するかだけ考えてもらっておいて欲しいんだ」


 カズマは父ランスロットらしからぬ策に少し驚くが、最悪、それも視野に入れた方がいいかもしれないと思い直しつつ、父ランスロットにその後の事をお願いする。


「……気をつけてな。セイラには俺の事は元気そうだったと伝えておいてくれ」


 父ランスロットは今のみっともない姿の自分をセイラに知られたくないと思ったのか、苦笑してお願いした。


「はははっ。わかったよ、お父さん。じゃあ、行ってくるね!」


 カズマはそう言って父ランスロットとしばらくハグして離れると、脇差しを出して腹に突き立て、その場から消えるのであった。

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