第93話 故郷の今

 カズマは『霊体化』した状態で、イヒトーダ領に入っていた。


 国境を越えれば、勝手知ったる土地である。


 カズマは空を浮遊して領都を目指す。


 だが途中の村にさしかかった時に、その異常さに気づいた。


 人の気配がほとんどないのだ。


「……クラウス帝国軍やアークサイ公爵派、ホーンム侯爵派によって荒らされただろう事は想像していたでござるが……、人っ子一人いないでござる……」


 カズマは襲撃の夜以来に戻った辺境の長閑な片田舎という感じであったイヒトーダ領が、見る影もない有様になっている事にショックが大きかった。


 どうやら、クラウス帝国はイヒトーダ領の領民を根こそぎ自国に攫って行ったようだという事がこの事によりはっきりと理解できた。


「……母上やアンには見せられない光景でござる……」


 カズマは空から荒れ果てた村を通り過ぎると、先を急ぐ事にした。


 今回のカズマの目的は、父ランスロットと再会して、母セイラが帝国内部での来るべき時の蜂起に備えてもらう事である。


 それに、父ランスロットは母セイラだけでなく、自分やアンの生死についても知らないはずだ。


 それを知らせるだけでもかなり事情は変わってくるはずであった。


 カズマが行く先々で村は廃村になっていたり、新しいお墓がいくつも並んでいたりしていた。


 母セイラからは詳しい事を聞いていなかったが、帝国に連れ去られた領民と、帝国軍の仕業にして虐殺行為を行ったアークサイ、ホーンム両勢力軍によってイヒトーダ領はほぼ全滅しているようだとカズマは理解できた。


「……これはイヒトーダ領都も駄目かもしれないでござる……」


 カズマは領都を前に惨状の数々に期待せずに領都へ向かう。



 そんな暗澹とした思いでカズマは領都に到着しようとしていた。


 領都があった場所からいくつかの煙の柱が上がっている。


 どうやら炊事の煙のようだ。


 という事は人が住んでいるでござるな!


 カズマは少しの希望をもって領都へと向かった。


 だが、領都は城壁が壊れ、自分が知っているものではなかった。


 あの時の襲撃でイヒトーダ領都は大火に包まれ、ほとんどが燃えて炭になるか略奪の限りを尽くさたのは想像に難くない。


 今も領都内はその残骸が片付けられる事無く残っているところが多い。


 しかし、城館があった辺りは残骸が撤去され、綺麗になっていた。


 炊事の煙が上がっているのもその辺りで、いくつかの不格好な新築の家が建ち、テントも沢山並んでいる。


 どうやら、虐殺や帝国の拉致から逃れた人々が集落を作っているのかもしれない。


 カズマはそう考えると、もう少し、様子を窺う事にした。


 もし、この集落が盗賊の類のもので、そこに自分がのこのこと姿を現したら、いいカモであるからだ。


 カズマは地上に降下すると、『霊体化』を解かず、この集落を見て回るのであった。



 イヒトーダ領都の再建の目途は全く立っていなかった。


 帝国との戦争で各貴族は疲弊していたし、何より領主一族が全て死んで継ぐ者がいない土地である。


 ましてや、その土地にいるべき領民も帝国に沢山拉致された事で、辺境の片田舎という事もあり、ほとんどの貴族が支援しようと思う状態ではなかった。


 元イヒトーダ伯爵領の領兵隊長であったランスロット・ナイツラウンドは、元領兵隊である領民達を率いて再建の為に動いていた。


 しかし、現状は第三勢力の長であるツヨカーン侯爵派の面々から受けている支援だけでは再建どころか四方に避難していたが、落ち着いたので舞い戻ってきた領民達のその日の生活を援助するのがやっとで中々思うようには事は進まない。


 それに、この旧イヒトーダ領は、現在、引き継ぐ貴族はおらず、王家預かり状態になっているが、領民がほとんどいない領地に価値はなく、復興予算が一年経っても全く組まれない状態であった。


 だから、ランスロットは、ずっと王家に働きかけ続けていたが、王都では現在、二勢力による激しい睨み合いが続いている。


 それはツヨカーン侯爵勢力VSアークサイ公爵・ホーンム侯爵勢力という対立軸であった。


 帝国の侵攻前は、三勢力の睨み合いによって均衡を保たれていたが、侵攻撃退後からアークサイ公爵とホーンム侯爵が手を結んでツヨカーン侯爵と対峙した事で、その均衡は崩れた。


 今はツヨカーン侯爵勢力が押され続け、王家もツヨカーン侯爵勢力の後押しだけでは王都を守れるか疑わしいところまできている。


 ランスロットはイヒトーダ領の再建に動いているし、ツヨカーン侯爵勢力の貴族達は帝国の撃退で兵を損失し、大きな被害を被っていたから、今はその回復に躍起になっているところにアークサイ公爵、ホーンム侯爵両勢力の同盟である。


 ツヨカーン勢力貴族達は圧倒的不利に陥っているのであった。


「帝国に連れ去られた者達の名簿が手に入れば、まだ、手の打ちようもあるのだが……」


 ランスロットは、大きなテントの奥で、その疲れ切った様子のままため息を吐いていた。


「あれから一年が経ちますが、帝国はずっと『旧領民は望んで帝国に来た!』の一点張りですからね……。それにしても領都周辺では徹底的に略奪と虐殺の限りを尽くし、領境では根こそぎ略奪と領民達を帝国に一人残らず拉致。未だに同じ国が行ったとは思えない行為ですが……」


 ランスロットの部下と思われる者が、この一年間、ずっと晴れない疑問を改めて口にした。


「……その事は黙っておけ。今は、敵を増やして現状が悪化するのは避けたい」


 ランスロットは部下の疑問を口止めした。


 ランスロットも薄々感づいていたのだ。


 領都周辺のみならず、隣領のある北部にかけて略奪と虐殺が行われていたが、帝国領に接する側は略奪と拉致が中心である。


 これは帝国と他の勢力が行ったものだと。


 ツヨカーン侯爵勢力はあり得ない。


 そうなるとイヒトーダ領近くに展開していたアークサイ派、ホーンム派連合軍しかいないのだ。


 だが、今その追及をすれば、口封じにこの地にまた軍を派遣されるのはわかっている。


 再建途中でそれはまずい。


 だから、ランスロットはその憶測は自分の中に押し留めているのであった。


「カズマが生きていてくれれば……」


 ランスロットはもう、あれから一年経った今となっては『霊体化』能力を持つカズマから未だに連絡がないので、死んだという事だろうと、理解していた。


 まさか刀が没収後、拘束され、鉱山送りになっているとは思わないから、これは仕方がないだろう。


 ランスロットは、大切な妻と一人息子、そして、近所の友人達やその娘と失ったものが多く、立ち直れなくてもおかしくない状況であったが、再建に全力を注ぐ事でその苦痛を忘れようとしていた部分があった。


 そんな中、ふとカズマを思い出し、ランスロットは一筋の涙を流すのであった。

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