第92話 知らせに向かう
女性仮面剣闘士アンの正体がはっきりと母セイラと確認できたカズマは、アンにすぐこの事を報告した。
そして、その報告には母セイラがこの帝国内部で行おうとしている事も告げる。
「蜂起!?」
宿屋の一室でアンは驚きのあまり、思わず大きな声を出してしまった。
「しーっ! ──だから、しばらくはこちらで僕達もお母さんの活動を助ける為に留まった方がいいのかなって……。ただし、僕はお父さんの下にこの事を知らせたいと思う。生きている事もそろそろ知らせた方がいいと思うし。だから、アンは数日は宿屋に籠っていてもらっていいかな?」
カズマはアンを守る為にも、一人にするという選択肢はなかったから、これまで、父ランスロットに生存報告をする事なくここにいた。
しかし、母セイラの生存も確認できたし、まとめてそろそろ報告するべきかもしれないと思い直したのである。
「……わかったわ。カズマの『霊体化』でもここから国境を越えてイヒトーダ領まで片道二日は掛かるわよね? それにランスロットおじさんを探すとしたらもっと時間がかかるかもしれない……。──そうなると郊外に宿屋を変更した方がよくない?」
アンは現在手元にある貯金でこの物価の高いデンゼルの街内で、二人分の宿泊費をカズマの留守の間支払い続けると、あっという間に貯金が無くなりそうだと思ったのだ。
だからといって、カズマが留守の間に宿屋を変更するわけにもいかない。
それだと合流できなくなる可能性もあるからである。
「……そうだね。じゃあ、ここから近い村辺りに移動してそこで宿屋を取ろうか」
カズマはアンの考えを理解して賛同する。
こうして二人は、剣闘士場で盛り上がりを見せるデンゼルの街を後にして、郊外の小さな村へと移動するのであった。
その村は郊外と言っても、デンゼルの街から馬車で二時間の距離であり、乗合馬車も二日おきに二本しかないので利便性はよくない。
だが、宿屋があり、街道から外れている事から料金もかなり安い。
アンは一人でその宿屋に部屋を取ると、村の外で待機しているカズマにどの部屋に泊まるのかを知らせた。
「うん。それじゃあ、一週間くらい留守にするかもしれないけど、目立たないように気を付けて」
「わかった。カズマもね」
カズマとアンは久しぶりの別行動にお互い心配になりながら、別れの挨拶をする。
カズマは意を決したように武器収納から脇差しを取り出してお腹に突き刺し『霊体化』すると、アンを置いて国境へと向かうのであった。
カズマは『霊体化』した状態でクラウス帝国と故郷のあるアルストラ王国の国境付近に急いだ。
帝国に連れてこられた時は、負傷しているうえに目隠しをされていたから、道順はわからない。
だから、道なりに進む分、時間がかかる。
親切に看板がある方が珍しいから、途中、『霊体化』を解いて村や街に寄って、道を聞くしかない。
だがこれも、移動制限がある帝国内ではとても疑われやすい。
子供である事も当然だがある。
しかし、ここでも役に立ったのが、芸人ギルドの許可証であった。
カズマがそれを示すと、食堂のおばさんも門番の兵士も驚きながらも、感心して道を教えてくれる。
「はー! その歳で旅芸人とは凄いな! だが、こう言っちゃなんだが、道中の治安はあんまりよくないだろう? 特に盗賊が出るようになったし、隣のアルストラ王国から移住してきた小作人達がやって来てからというもの、悪化の一途だからな」
門番は噂話を披露してこの小さい旅芸人を心配した。
カズマはその噂を鵜呑みにしてはいない。
多分、帝国は戦争に負けて国内の治安が悪くなった事を全て強制的に連れてきた王国民に罪を着せていると見ていた。
アルストラ出身者イコール悪者という形にしておけば、帝国政府の面子が保たれるからである。
アルストラ国民にしたら迷惑な話だが、こうする事で政府へのガス抜きが行われる事は前世の地球でもよくある事であった。
だが、そのせいで強制連行されてきたアルストラ国民に対する風当たりが強い為、小作人という形の強制労働を強いられ、そのつらさや不当な扱いに、その日の食事を求めて犯罪に走る者もいた。
それがさらに、悪い噂となって広まるから、帝国民にとってアルストラ王国は悪者という扱いが浸透していく。
そして犯罪者は剣闘士奴隷として売られるのだ。
だからアルストラ出身の犯罪奴隷剣闘士は、悪役として血祭要員に持って来いであり、剣闘場がある南部の街では毎日、アルストラ王国出身の剣闘士が何人も殺されているのであった。
カズマはそれらを想像すると、怒りがわいてくるのであったが、そんな状況を母セイラも理解して蜂起の為に動いているのだ。
「……今は一刻も早くお父さんに知らせないといけないでござる」
カズマは『霊体化』すると、国境を越えてイヒトーダ領方面へと急ぐのであった。
カズマが旅立った後のアンは、郊外の村の宿屋で大人しくはしていなかった。
さすがに一週間引き篭もっている方が目立つと思ったのだ。
そこで、アンはこの村でも旅芸人として、芸を行う事にした。
場所は村の広場である。
当然ここは田舎でライバルはいないから、客引きをすると村人が子供を中心に数人集まってきた。
アンは稼ぐつもりはないので、いつもの曲芸をいくつか適当に披露する。
「すげぇ、お姉ちゃん!」
「格好いい!」
「ひゃー、大したもんだ!」
普段より地味な芸を行っているのだが、村では旅芸人自体が珍しいのか素直に感心された。
「ありがとうございます!」
アンはお金をくれないお客でも喜んでもらえるのはやはり嬉しいのか笑顔で応じた。
そこに気づくと村の多くの住人が集まってきた。
「途中から来たから、もう少し、見せてもらえないか?」
「俺も頼む!」
「今、来たばかりなんだけど、お願いできるかしら?」
などとお願いされると、アンもエンジンがかかって来ていたから、結局、先程と同じ芸も見せつつ追加で他のいくつかの技も見せた。
反響は大きくようやくここで、用意していたお椀にお客からおひねりが飛んだ。
「これで今日は以上です!」
村民からは拍手喝さいの嵐になり、アンはすぐに村の人気者になるのであった。
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