第71話 芸人の本領発揮

 カズマとアンは数日の間、広間の隅で稼ぎまくった。


 日陰で場所が悪い広間の隅は連日人だかりが出来て、二人のファンも出来ている状況だ。


 アンはさすが『旅芸人』スキルの持ち主というべきか、技の引き出しが多いから、前日と同じ技は控え、別の軽業や踊り、手品を披露してみせた。


 それに、お客の入りが良いので、出し惜しみが出来る。


 そして、最後のトリはカズマの『ゴーストサムライ』を生かした、観客からはタネが全くわからない木箱から別の木箱への移動の芸であった。


 これは、初日から変わらないネタであったが、観客はタネがわからない以上、何度でも驚いてくれる。


 もちろん、やり過ぎは飽きられるもとだから、数日に一度は、借りものだった木箱を買い取り、カズマを中に入れた状態で何本もの剣を突き刺す『剣刺し手品』も行った。


 これは、カズマが木箱から『霊体化』で抜け出している間に、アンが剣を木箱に沢山突き刺していくというもので、地球でもイリュージョン系の手品として王道のものだ。


 こっちはある意味、タネはあっても仕掛けはないというものだが、これも観客にウケた。


 なにしろ剣を突き刺した箱の中身を一度見せて、カズマが消えている事を確認。


 剣を抜いてまた、箱の内部を確認すると、カズマが出て来るのだから、観客はタネが全く分からず「!?」という驚きに包まれるのだ。


 こういった具合で、カズマとアンによる芸は連日評判であった。


 そして、この日。


 アンが興行後に、たまに行う女性限定の占いをしていた。


 女性限定にしてあるのは、男のファンが押しかけ、占いそっちのけでアンの顔を拝みだす連中が出てきたからだ。


 実際、口説き始める者もいたから、カズマが間に入って中止になり、それからは女性限定になっている。


 そして、この占いが当たると女性の中で評判になっていた。


 アンは『旅芸人』の能力の一つ『占い師』も身に着けていたので、そのステータス補正である『運』もかなり上がっており、指摘する事が的中する事が多いのだ。


 もちろん、外れる事もあるのだが、「近い未来に求める事になるでしょう」などのふわっとした表現で誤魔化していたから外れたと思っている者はほとんどいなかった。


 それに年頃の女性は恋バナが多かったし、相談する時の表情を窺えばある程度予測はつく。


 アンはこの日最後の女性を占った時、失せ物を見つけて欲しいと相談を受けた。


「……私の専門ではないですが──」


 と予防線を張ったうえで、


「その失せ物について詳しく教えてください。形がわかれば、ある程度、わかるかもしれません」


 と応じた。


「夫から結婚の時に貰った大切な耳飾りの片方です。赤い宝石が付いているのですが、いつの間にか消えていて……」


 アンは藁にもすがる思いでそわそわしている女性、その夫人を観察した。


 傍に居るカズマが夫人の左手の指輪を一瞬指差す。


 アンはそれですぐに理解した。


「いつ失くしたかわかりますか?」


「……十日前、買い物に出かけた時だと思うのですが……」


 夫人はあまり言いたくなさそうに少し口ごもりつつ、答える。


「……なるほど。その日、誰かと長い時間ご一緒しませんでしたか? 夫人の耳飾りの片方はそのお相手の方が持っていたようです」


「!? ……あの、……持っていたとは?」


 夫人はアンの指摘に少し動揺すると、自分を落ち着かせて過去形の言葉に気になって聞き返す。


「すでに売りさばいてお金にしているように視えます。この街でそういった物を扱っている場所を探すといいでしょう」


「ええ!? わ、わかりました! 急いで探させます!」


 夫人はそう言うと椅子から立ち上がり、使用人を連れてその場をあとにする。


「……カズマありがとう。指輪の事よく気づいたわね」


 アンは占い終了後、借りてきた机と椅子を二人で運びながら、その時に感謝して聞く。


「旦那さんからの記念の耳飾りの片方を失くすだけならまだわかるけど、結婚指輪を外した跡がある手を見たらさすがに……ね?」


 そう、カズマは夫人の結婚指輪をずらした跡に気づいて浮気を疑ったのだ。


 案の定、アンがそれを遠回しに指摘すると、動揺したから図星だろう。


 それに、情事の後、付け直す時に片方が消えている事には、その場で気づいて一度念入りに探したはずだ。


 それで見つからなかったのなら、残りは一つ。


 相手が盗んだ可能性である。


 それも片方だけ盗んだのは、あくまで夫人のミスで失くしたと思わせる為であり、片方だけ盗むなら誰かへのプレゼントや所有する目的は無い。


 お金にするのが妥当だろう。


 アンはカズマのヒントからそこまで夫人を言葉で揺さぶる事で、推測し答えを出したのだ。


 占い師は『運』だけで的中させるだけでなく、観察眼を持って心も読むのが仕事だから、見事に読み切った結果であった。



 一週間程が経った。


 さすがに、連日、広場の隅で興行を続けているとネタも無くなってくる。


 大分稼がせてもらったし、そろそろ次の街への移動が無難だろう。


 二人はそう考えると、宿屋を引き払う事にした。


 安宿であったが、野宿よりも快適な生活がこの一週間できたので満足だったから、カズマとアンは宿屋の主人にお別れを告げる。


「この街に来たらまた、寄ってくれよ? あんたらの芸は面白かったぜ」


 宿屋の主人もすっかり二人のファンになっていたのか、そう言うと見送る。


 そこへ、お客ではない訪問者が訪れた。


「アン殿とカズマ殿ですね? 私のご主人である夫人より、お二人にお願い事があるという事でして……、邸宅までお越し頂けますか?」


「え? ……もしかして、失せ物相談をした夫人ですか?」


 夫人と聞いて思い出すのは、耳飾りを失くした夫人の顔が真っ先に浮かんできた。


「さすが、当たると評判の占い師ですね。その夫人です。馬車でご案内しますのでどうぞ、お乗りください」


 使用人の男はそう言うと、アンの手を取り、馬車に導く。


 断る暇も与える気がないようだ。


 二人は目を合わせると、仕方なく馬車に乗り込むのであった。

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