第72話 占いの依頼

 失せ物探しをした夫人の使者の案内で馬車に乗ったカズマとアンは、大きな屋敷の前まで来ていた。


 この建物は遠くから何度も見た事があるものだったので、二人共、付いて来るんじゃなかったと後悔を始めていた。


 それは、街長の屋敷だったからである。


「もう、お判りだと思いますが、夫人はこのシアンの街を治めるシアン男爵の奥方であられます。失せ物探しでの事は、諸事情があるので旦那様には詳しく話さないとお誓いください」


 使者である夫人の使用人が少し、威圧的に約束を求めてきた。


「……それはこれからの僕達の扱い方にもよるかと思います」


 アンに代わって、カズマが一言そう答えた。


 これは、牽制である。


 もし、夫人が夫である街長に頼み事と称して自分達を売ったのであれば、こちらの身が危うくなるし、そうでなくてもアンの美貌にシアン男爵が傾倒する可能性もあった。


 そんな時、夫人のフォローがあれば、その危険も回避できるかもしれない。


 他にもアンの才能に目を付けて、利用されるという可能性など考えればいくらでも出て来るから、文字通り夫人の態度次第である。


「……わかりました。夫人にはその辺りを私からも念を押しておきましょう……」


 使用人はカズマの言いたい事をある程度察したのか、了解すると頷き、屋敷内に案内する。


 ちなみにアンは旅装だったので、化粧の類はしておらず、服装もフードを目深に被り、その魅力は控えめだ。


 それでも美人である事に変わりはないから、カズマの心配も当然であった。


 応接室に通された二人は、しばらく待っていると、夫人が夫と思われる男性と腕を組んで入ってきた。


 二人はそこで立って軽く会釈をする。


「君達がうちの妻の紹介らしいが……、ふむ……、若いな。──妻よ、この者達がお前の言う失せ物探しを得意とする占い師か?」


 金髪のオールバックに青い瞳、中年太り体形の街長シアン男爵は、カズマ達を一瞥すると夫人に確認をする。


「ええ、あなた。以前あった時と印象が大分違うけど、そちらの女性が今、庶民の間で評判の占い師よ」


 その紹介の内容に二人は、げんなりする。


 失せ物探しは専門外と占う時に答えていたからだ。


 これは厄介事に巻き込まれたと二人は改めて思わざるを得ない。


「私も占いに頼るのはどうかと思ったのだがな。それこそゴブリンの手も借りたいくらいに、こちらも困っているのだ。聞けば、何でも的中させる事が出来るのだろう? ならば、私が探しているものを見つけてくれまいか?」


「……どこでどうそんな噂が広まったのかわかりませんが、私は失せ物探しは専門外です。得意分野は女性限定の恋愛占いですのお力にはなれないかと思います」


 アンは早めに否定しておかないといけないと考えたのか、夫人に釘を刺す意味も込めて噂と称し、否定する。


「妻よ、彼女はこう言っているが?」


「噂では失せ物探しも得意だと私は聞いているわ。失くした物の特徴を伝えるだけでズバリと的中させるって」


 夫人は自分が的中させられた時の事を思い出しながら、あくまで噂話として夫に伝える。


 やはり、あれは浮気中に失くしたという事で正解のようだ。


 シアン男爵は夫人が大事な耳飾りの片方を失くした事も気づいていないのかもしれない。


 どちらにせよ、夫人の「噂話」だとこちらに不利な状況になるから、再度否定しないといけないところだ。


「先程も言いましたが、失せ物探しは専門外です。もし、失せ物探しをする人物をお探しでしたら、他を当たってもらえますか?」


 アンはそう言うと、カズマと視線を交わし立ち上がる。


「いや、待たれよ。妻の言う事を信じて、駄目元でも占って欲しいものだ。それくらいこちらも困っているのだ」


 シアン男爵は、そう言うと、二人を止めた。


 貴族相手にここまで言われてこれ以上断るのは難しいところである。


 カズマとアンは非常に困った様子で視線を交わすと、


「……占うだけならいいですよ」


 とアンが応じた。


「……よし。ならばまずは試しに、うちの宝物庫にある珍しい家宝が何かわかるかな?」


 シアン男爵は頼み込んでいた様子から打って変わって、アンの占いの腕を試す態度に変化した。


「……先程も言いましたが、失せ物は専門外、そういった類の占いは──」


 アンが断ろうすると、


「お姉ちゃん、あれを試してみたら?」


 とカズマがアンと姉弟設定を生かして、そう告げる。


 アンが、


「あれ?」


 なんだっけ? と考える素振りの反応を示すと、カズマが耳元に手を添えて何やらつぶやく。


「ああ、あれ……ね?」


 アンは思い出したという演技をする。


「……わかりました。この家の家宝について占ってみます」


 アンはそう答えると、出し惜しみしている場合ではないと、魔法収納から大きな木箱を室内の床に出す。


 そして、その木箱の中にカズマが入る。


 シアン男爵と夫人はアンの魔法収納能力を持っている事に軽く驚きつつも、木箱については「「?」」という反応をするのだが、アンはその木の箱を机代わりにして、その場に座り両手を置く。


「……弟の力を借りた占いなので、少し時間がかかりますがよろしいですか?」


 アンはそう言って勿体ぶると、シアン男爵に確認する。


「あ、ああ……。なにかやり方があるのなら、それに口を出す気はない。少し待っていよう」


 少し困惑する男爵であったが、承諾した。


 アンは頷くとゆっくり目を瞑り、ぶつぶつと何か唱え始める。


 これは適当だ。


 要はハッタリである。


 こうやって何か超常的な現象が起きる前触れのように演じて、その間にカズマが『霊体化』し、この男爵家の宝物庫に直行するのだ。


 そして、家宝の確認をする。


 アンがしばらくぶつぶつとつぶやいていると、木の箱の内部からコツという小さい音が鳴る。


 アンは木箱を少し浮かせて下を見ると、隙間から四角くて青い大きな宝石が一瞬ヒョコッと出て、引っ込んだ。


 どうやら宝物庫から、拝借してきたらしい。


 確認すると木の箱の中からすぐにカズマの気配が消える。


 アンはカズマが戻ってくるまで少し待つと、考える素振りを見せながら、


「……これは珍しい形の宝石ですね……。青くて四角の形をしているように視えました」


 とあまり自信がなさそうに告げる。


「おお! その通り、正解です! それが我が家の家宝ですよ!」


 シアン男爵はアンが的中させた事に素直に驚くと、興奮気味に正解を答えるのであった。

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