第73話 男爵邸の嫌な状況

 場所はこの街の街長、シアン男爵邸。


 そこでカズマとアンは夫人の紹介でシアン男爵と面会後、無理な占いを要求されたが、無事、カズマの『霊体化』による活躍でどうにか難を逃れていた。


 その結果、疑いの目で見ていたと思われるシアン男爵もアンの占いが本物だと信じた様子である。


「試してすみませんでしたな」


 シアン男爵がそう言うと、カズマが木の箱を持ち上げて出て来て、アンの横に座り直した。


「今の占いは弟さんはどういう役目で?」


 夫人は自分の時と違う占い方法に興味津々という感じで聞いて来た。


「私に足りない部分を弟の力で補う形の方法です。先程も言いましたが、私は失せ物を探すのは専門外です。今のような形や色まで正確に要求されるのは、この方法でも視えるのは近いところが限界です」


 アンは嘘は言っていない。


 事実、遠距離だとカズマの『霊体化』で移動時間もあるし、すぐわかるものではない。


 そしてなによりそんな面倒な事、これから連続してお願いされても困るからアンは難しそうに答える。


 カズマもその言葉を裏付けるように溜息を吐いてわざと疲れた振りをして見せた。


「な、なるほど……。それは無理なお願いをしました。その力は弟さんでないと難しいのですかな? 例えば、木の箱に入るのがうちの部下では?」


 シアン男爵は続けて占いをして欲しいのか、他の可能性を聞いてきた。


「これはあくまで私達姉弟だから出来る方法です。それ以外で試してみた事もありますが、成功しませんでした」


 アンはシアン男爵の質問に何か不穏なものを感じてすぐに否定した。


 カズマもそれは同じで、占いを的中させたアンを囲い込むつもりではないかと感じた。


 つまり、その上で弟のカズマが不要であればそれに越した事はない。


「……そうですか。──わかりました。今日は、弟さんの回復の為にこの屋敷で休んでもらって、また明日、本題である失せ物探しをお願いできますかな?」


 シアン男爵はそう言うと、使用人に部屋を用意するように命じ始めた。


「先程から言っていますが、私達は失せ物探しは専門外です。それに占いはあくまで旅芸人としての芸の一つです。シアン男爵が求められるような結果は出せないと思います」


 アンはいよいよこの男爵が自分達を囲い込もうとしているのではないかと警戒して答えた。


「いやいや、先程の占いであなたが本物だという事は理解できましたよ。それに妻が勧めた相手だ、問題ありませんよ。わははっ!」


 そう言うと、問答無用に使用人に命じて二人を部屋に案内させる。


 カズマとアンはこれ以上の問答は無駄と考えると、大人しく部屋に案内されるのであった。



「……」


 二人は部屋に着くや、今後について話し合いたいところであったが、聞かれている可能性があるので、まずはある確認をする事にした。


 カズマはアンに無言で頷くとトイレに向かい、そこで室内を隅々までチェックして何もない事を確認、それから、武器収納より脇差しを出して、お腹に突き刺した。


『霊体化』したカズマはすぐに自分達の部屋の天井から隣の部屋を自由に移動して調べる。


 その結果、お風呂場と寝室が、隣の部屋から覗き見られる穴がある事が発覚。


 他にはシアン男爵の部下が隣の部屋で聞き耳を立てている事がわかった。


 カズマはトイレに戻って『霊体化』を解くと、アンの前に座って、


「疲れたね、お姉ちゃん。この仕事が終わったら隣街に予定通り行こうね」


 と話しかけながら、机の上に置いてあった紙と羽ペンを使って筆談を始めた。


「失せ物の占い専門外なのに、男爵様は何を占って欲しいのかな?(お風呂場と寝室にのぞき穴。この部屋も隣で聞いている人有り)」


 カズマの筆談にアンは頷くと、


「当たらない可能性が高い事はちゃんと念押ししたし、気楽にやりましょう(きゃー、変態男爵じゃない! 今日は水桶をトイレに持ち込んで体を拭くしかないわね……)」


 と言いながら、顔は本当に嫌そうな表情だ。


「そうだね。僕達のような一介の旅芸人に期待する方がおかしいものね。ははは(この後、また、『霊体化』で男爵の様子窺ってくる)」


 カズマの言葉にアンも笑いながら、その筆談の内容に合わせるように、


「あら、カズマ。眠たそうだけど、そのソファーで寝る気なの?(了解)」


「ちょっと休むだけだから(じゃあ、行ってくる)」


 カズマはそう言うと、武器収納から脇差しを取り出し、腹に突き刺すと『霊体化』するのであった。



 カズマは『霊体化』すると、まっしぐらにシアン男爵の下に飛んでいった。


 その男爵は執務室で夫人と話し終えたところなのか、丁度、夫人が出て行くところだ。


 カズマはそれを確認して、シアン男爵のいる執務室に壁をすり抜けて入っていく。


「妻の言葉には半信半疑だったが、良い駒が手に入ったものだな」


 シアン男爵は笑みを浮かべると執事らしい男に話しかける。


 執事は返事をして頷くと、男爵は続けた。


「それにあの占い師、化粧っ気がなくフードを目深に被っていて最初は気づかなかったがかなりの美人だ。占いが当たらなくてもそれを言いがかりにして手籠めにするのも悪くない。ふふふっ」


 シアン男爵はそう言うと厭らしい笑みを浮かべる。


「……やっぱり、そういう方向に話が進むでござるか……」


 カズマは男爵の頭上でふわふわと浮きながら溜息を吐く。


「ご主人様。その場合、弟の方は?」


「もちろん、占いが当たらないのなら、弟は必要ないだろう。適当に罪をでっち上げて犯罪奴隷として鉱山にでも売り飛ばせばよい」


 シアン男爵は当然のように答えた。


「もう、鉱山は沢山でござる!」


 思わずカズマは男爵の言葉にツッコミを入れる。


「……では失せ物を見つけた場合は?」


 執事が一番低い可能性について言及した。


「その場合は駒として使い続ければ良い。どちらにせよ、いつもの手筈だ」


 話す素振りから、慣れているとは思ったが常習犯のようだ。


「はい、承知しました。では、明日は、盗賊に奪われて行方が知れない帝室から下賜された片刃の剣について、詳しくは説明せずに占わせる、という事で?」


「ああ。この事が中央に発覚したら、私の首が飛ぶからな。ただ、家宝の剣とだけ伝えればよい」


「ははっ」


 執事は頷くと、部屋を退室する。


「……帝室から下賜された剣でござるか……。盗賊の下にあるのは確かだろうから、少し、街で情報を集めた方がいいでござるな……」


 カズマは『霊体化』状態でそう独り言つと、城下街に向かうのであった。

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