第70話 旅芸人一座(二人だけ)

 カズマとアンは旅芸人の二人組として、登録した街で数日稼ぐ事にした。


 登録料の支払いでアンの手持ちのお金が底をついたからだ。


 二人は広場の隅の一角で客寄せを始める。


 そこは場所としては大きな建物の壁の横で木も生えていて一日のほとんどが日陰であり、商売をするには適した場所ではない。


 だが、場所代を払わなくていいというのが、唯一の良い条件であった。


 大体この場所を使用するのは、二人のように余程の金無しであったから通行人もそれをわかっており、足を止める者はほとんどいない。


「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 美人芸人アンの軽業をご堪能ください!」


 慣れないカズマが客寄せをするのだが、やはり、お客は集まって来ない。


 だがアンは、初めてのカズマと違い、こういう事には慣れているのか、気にする事無く準備運動をはじめ、軽くロンダートからバク転、バク宙をやってみせる。


 これには、「お?」っと、立ち止まる者が数名現れた。


 アンは肌が多めに露出している踊り子風の服装だから、その美貌と相まってすぐに注目が集まる。


 カズマは蚊帳の外であるが、気にせず客引きを続けた。


「これから美人旅芸人アンの軽業をご覧入れます。その素晴らしい技をご堪能下さい!」


 アンは五、六人の男性が足を止めたので、先程のロンダートからバク転を続け様に二回続け、次の瞬間後方宙返り二回ひねりをする。


 そして、空中で捻っている時であった。


 アンはその体勢でカズマが手にしていたリゴーの実に投げナイフを投げて命中させる。


「おお! 今のなんだ!?」


「凄い! 軽業やナイフ投げだけの芸当なら見た事があるが、あんな体勢で的に当てる合わせ技は見た事がない!」


「それに凄い美人と来てやがる!」


 お客達はアンの妙技に驚くとにわかに歓声を上げ始めた。


 その声に、他の通行人が何事かと、足を止めて、アンとカズマに視線を向ける。


 アンは、こういう反応には慣れているとばかりに今度はロンダートから宙返りの瞬間、二本の投げナイフをカズマの両手にそれぞれ構えていた的の中心に当てて見せる。


 これにも、観客から「おお!」と歓声が上がり、見る見るうちにお客が集まってきた。


 悪い場所にも拘らず、人々の歓声と人だかりの山に続々と人が集まるから、カズマはここぞとばかりに見物料をお願いする。


 こういうのは、見物する人に対して見物料を出してくれる人というのは大体少ないものなのだが、アンの次から次へと繰り出される妙技に魅了されて観客はカズマの差し出す木の椀に小銅貨や銅貨を続々と入れ始めた。


 なにしろアンは、この軽業と投げナイフの大道芸だけでなく、踊りに手品も出来る。


 技は無数にあり、実際、踊り始めたと思ったら、手からいきなり投げナイフが現れ、二本、三本、四本と次々に空中に投げると今度はジャグリングを始めた。


 カズマはその間に、四枚の木の板の的を用意して、それを次々に軽く空中に投げる。


 するとアンはそれに対して、そのジャグリングしていたナイフを次々と空中の的に投げて的中させていく。


 これにはこの日一番の歓声が上がった。


 観客はカズマが回収が間に合わないと思って調理用の小さい鍋を地面に置くと、そこに観客が次々にアンの妙技を絶賛しながらお金を入れていくのであった。


 こうして場の空気が絶頂になっているところで、カズマの番である。


「次で最後の出し物になります!」


 カズマはそう告げると、子供一人が楽に入れる程の大きさである木の箱を持ち上げ、観客に中には何も入っていない事を示す。


 アンも同じように二つ目の木箱を示すと、ひっくり返した状態で、地面に置く。


 カズマは木箱をひっくり返した状態で、自ら被るとその場に胡坐をかいてはこの内部に閉じこもった。


 観客は何が起こるのわからず、静かにそれを見守る。


 次の瞬間だった。


 アンの方の木箱が不意に持ち上がり、中からカズマが飛び出てきたのだ。


 観客は「え!?」と驚く。


 カズマが入っていたはずの木箱と飛び出てきたカズマを何度も見返して確認する。


 アンがその木箱をひっくり返し、中に誰もいない事を示すと、


「瞬間移動!?」


「どうなっているんだ!? まったくタネがわからないぞ!?」


「双子でしたというオチかと思ったら、違うのか!?」


 と、この日最大のどよめきが沸き起こるのであった。


 これはもちろん、カズマが木箱の中で脇差しを武器収納から取り出し、『霊体化』してもう一つの木箱に移動したというだけの話である。


 だが、観客にしてみたら、そんな事が出来るスキルなどあるとは思わないから、当然ながら意味が分からず驚くというものだ。


 そんな二人の芸が終わると、用意した小さな鍋には山盛りになる程の大中小の銅貨が大量に投げ入れられ、二人への賛辞が尽きないのであった。



 二人は後片付けをすると、借りてきた大きな木箱を一個ずつ運んでいた。


「かなり稼げたね!」


 アンが、楽しそうに隣のカズマに話す。


「うん! ──それにしても、アンはやっぱり凄いなぁ。あんな悪い場所で全くお客がいない状態から一気に集めてしまうんだから」


 カズマは幼馴染の芸達者ぶりに感心する。


 離れ離れになった一年前も十分『旅芸人』としてスキルを磨いていたが、会わない間にさらに磨きをかけていると感じたのだ。


「ふふふっ、でしょ? この一年間、剣闘奴隷として、訓練を重ねていたんだけど、それが芸に役に立つとわかって頑張っていたの。お陰で興行主からは信用されたから、その隙をついて逃げ出す事が出来たんだけどね?」


 アンは誇らしそうに、大きくなった胸を突き出す。


 もちろん、踊り子風の姿を隠す為に、フード付きの外套を上から着ているのだが、隙間からその谷間が伺える。


「精神面は変わってないけどね。 はははっ!」


 カズマは苦労した一年間があったにも拘らず、アンが変わらず元気で真っ直ぐ育っている事に心の底から感心するのであった。

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