第69話 ギルド総合登録所

 カズマとアンの二人は、鉱山地域から脱出して人里のある場所まで戻ってくる事が出来た。


 しかし、鉱山地域から一番近い村は避ける。


 そこだと、どこから来たか限定されやすい為、寄らない方がいいだろうという話になったのだ。


 だから、脱出後も野宿が続く旅であったが、カズマにとっては一年ぶりの自由であり、野宿は苦にならないタイプだったから、平気であった。


 アンもそれは同じなのか、生き生きしている。


 アンの場合は、一年間、心配し続けた家族のようなカズマが無事であった事や、そのカズマが日を重ねる毎に少しずつ顔色もよくなり、やせ細った体も少しずつ元気になっているようだと感じられて嬉しいようであった。


 鉱石地域からの脱出から一週間が経ち、カズマはまだ痩せているがその表情はすでに生気を取り戻し、人の目を引く事もないだろうという結論に至った。


 伸び放題だったカズマのボサボサの髪はアンが入手したハサミで切り揃えていたし、身だしなみも整っていたから、次の段階に移ろうという判断だ。


 それは、人里に二人で下りてお金を稼ごうというものである。


 それまではアンがアイスホークから渡された路銀と鉱山地域に辿り着くまでの間に『旅芸人』として稼いだお金があったから、なんとかなっていたが、それも底をつきかけていた。


 ずっと人里を避けて移動するのも難しいし、今から帝国の生活に馴染んでおく事も重要だから、その為にも登録しておく必要もあった。


 登録とは、ギルドへの加盟である。


 ギルドも色々あり、冒険者ギルドから、漁師ギルド、肉屋ギルドに縫製ギルドなどその数は多数あり、登録する場所はギルド総合登録所で行われる。


 そこで、お金を支払って登録して商売の許可を取るのだ。


 少々の小遣い稼ぎなら大目に見られる事もあるが、稼ぎ方によっては当局から取り締まられる事もあるから、その面倒を避ける為にも登録しておこうという事である。


 それに、登録しておけば、それは身分を証明する事にもなるのだ。


 二人は帝国の人間どころか犯罪奴隷だったわけだが、アンは剣闘場からの脱出後アイスホークが裏で用意してくれた芸人ギルドの登録証のお陰でそのあとは、疑われる事なく旅が出来ていた。


 これが手配書の出ている者であったら、帝国製の魔道具に手を添えた時点でそれが特定され、登録どころかその場で逮捕されるだろうが、カズマはそもそも死人扱いだから手配されていないので、登録はお金で解決できる話であった。


 こうして、初めて二人は街を訪れるのであったが、アンはその美しい容姿が目を引くのでフードを目深に被り、カズマは普通に顔を出して街に入る事にする。


 城門では鉱山地域の名もない開拓村の田舎者で、旅芸人に引っ付いてやってきた何も知らない子供を演じ、カズマの分だけ入場料を支払う。


「この街は治安の良い場所と悪い場所がはっきりしている。そっちの旅芸人の女と一緒にいる時はいいが、一人の時は田舎者の子供なんて狙われやすいから、気を付けろよ?」


 カズマの演技に騙された人の良い門番に忠告をされながら、二人は街に入るのであった。


「田舎の街だと思ったけど、結構大きいね……」


 カズマは鉱山地域からこっち、ずっと小さい村や街を避けながら旅を続けていたから、帝国はあんまり大きな街はないのではないかと思っていた。


 だから、街に入ってみて意外に栄えている事に驚く。


「住んでた街だって辺境の片田舎だったけど、領都は大きかったでしょ? 私は鉱山までの道のりで、色んな町や村を通ってきたけど帝都を除いても大きな街は沢山あったわ」


 帝国に連行されるまで、アンはイヒトーダ伯爵領都以外知らない田舎者であったのだが、帝都で一年間、奴隷剣闘士として過ごし、カズマを探す旅でも色んな街を訪れた事で見聞を広めたようだった。


「ふふふっ。アンからそんな言葉を聞くとは思わなかったよ。僕が王都の話とかする時は都会に憧れて目を輝かせていたのに」


 カズマはそう言うと茶化す。


「あ、あの時はあの時よ! ……もう! 私はお姉ちゃんなんだから少しは立てなさいよね」


 アンは赤面して言い返す。


 こうしてみると、痩せて体が小さくなったカズマと並ぶと仲の良い姉弟にしか見えない。


「あ、ギルド総合登録所についたよ」


 カズマが笑いながら大通りにある大きな看板を指差す。


 アンはこれ以上言い合っても負けるのは自分とわかっていたから、それ以上は何も言い返さず、二人でギルド総合登録所に入っていくのであった。



 カズマはアンを保護者にして、登録をする事にした。


 もちろん職業は、旅芸人の予定だから、登録するのは、芸人ギルドである。


「次の方どうぞ~」


 受付嬢がカズマ達の番である事を知らせた。


「ここは芸人ギルド専用受付となります。今日は、技術の登録ですか? それともギルド入会手続きですか?」


 受付嬢は慣れた口調で、アンに聞く。


「今日はこの子の入会手続きです」


 アンが横にいるカズマを前に出して答えた。


「はーい。それでは、申請に辺り、それに相応しい一芸をお願いしまーす」


 え、ここで?


 カズマは内心驚くと、アンの方を見る。


 頷くのを確認すると、アンから手渡されたナイフを受け取った。


 そして、受付嬢の前でそのナイフを不意に服をまくってお腹に突き立てる。


「ええ!?」


 受付嬢は投げナイフでも見せられるのだろうと思っていたから、確認用に用意してある背後の的に視線を向けようとしていたが、カズマがナイフをお腹に突き立てたから、驚いて凝視した。


「イタタッ!」


 カズマはそう言いながら、お腹に刺さったナイフを抜いて、受付嬢に再度服をまくってお腹が無事な事を示した。


「え、え、どうなって……。──あ、失礼しました……。見事な芸ですね! 私、この受付嬢を五年やっていますが今の芸は初めて見ましたよ! あ、ナイフに何か仕組みがあるんですね? それならば真似されないように技術登録をお勧めしますがどうしますか?」


 地球では刃先が引っ込むナイフの手品があるから、案外鋭い事を言う受付嬢だったが、本当にナイフがお腹に刺さっているとは思わず、見事な仕組みの手品だと思ったようだ。


「ナイフに仕掛けはありませんよ。──ほら、ね? ──この技は真似される心配はないと思うので、技術申請を止めておきます」


 カズマは受付嬢にナイフが本物である事を示すと笑って、手続きを終わらせるのであった。


「これで、芸人として一緒に商売できるわね」


 どうやら、アンは昔から田舎を飛び出し、カズマと旅芸人をする想像をしていたのだろう、実に楽しそうである。


「僕のは実際ナイフがお腹に刺さっているから芸でも何でもないんだけどなぁ」


 カズマは嬉しそうなアンにそう答えると苦笑するのであった。

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