第68話 幼馴染との再会

「やっぱりアンだ!」


 カズマはその後の安否を気にしていた幼馴染のアンがこんなところにいるとは思わなかったので、当然ながらかなり驚いた。


 なにしろ自分と同じで犯罪奴隷として別のところに売り飛ばされていたはずだからだ。


「カズマ!」


 アンは再会できた嬉しさにカズマに抱きつく。


 この半年でより一層綺麗になってたくましくなったアンと、がりがりに痩せて以前の姿が見る影もないカズマではとても対照的であったが、ここは人里離れた無人の山岳地帯、しばらくの間お互い無事を喜んで抱き締め合うのであった。


「……それでアン。君は何でここにいるの?」


 カズマはアンの背中を軽くポンと叩いて抱き締め合うのを止めると、顔を改めて確認してから当然の疑問を口にした。


「私、剣闘士奴隷のデビュー戦で脱走してきたの」


 アンの言葉は驚きのものであった。


 詳しく確認すると、売り飛ばされた先の剣闘士ギルドのひとつでデビューに備えてこの一年近くルールや武器の扱いについてじっくり学ばされていたらしい。


 アンはこの一年で十六歳を迎え成人した。


 そのタイミングでデビュー戦を用意されていたらしいのだが、その一年の間にアンの脱走を協力してくれるという人達と出会い、首枷足枷が外れるデビュー戦で脱走を敢行、犠牲を払いながらも無事、アンは逃げ延びる事が出来たのだとういう。


 アンは目に涙を浮かべ、その一部始終を話してくれた。


「──それでその後はカズマが売り飛ばされた鉱山を目指してここまで来たのだけど、鉱山の厳戒態勢に忍び込める可能性がなくて困っていたの。そこにカズマが来たからびっくりしたわ!」


 アンは今度はうれし泣きとばかりに笑顔に涙を流してカズマにまた抱き着く。


「あはは……。タイミングが良かったみたいだけど、僕はこの通り、限界だから座って良いかな?」


 カズマは思ったよりも成長しているアンに少しドキドキしながら、自分から引きはがす。


「あ、ごめん! こんなに痩せてしまって……、最初見た時は誰だかわからなかったくらいよ……。あ、私が作った食事食べて!」


 アンはそう言うと焚火で調理していた小さい鍋の中身を勧めた。


 それは、何かの獣肉を小さく刻んで野草を添えた塩味のスープのようであった。


「いいの!? 助かるよ、僕、この一年まともな食事をしてなかったから……」


 カズマは焚火の前に移動して座り込むと、その小さい鍋の上に置かれた木のスプーンでそのスープを口に運ぶ。


 最初は獣肉の出汁が出た塩で味付けされたシンプルなスープと野草のみを飲み込む。


 いきなり肉は胃が驚くと思ったのだ。


「……美味しい」


 カズマの目にジワリと涙が浮かぶ。


 鉱山で出るスープとは段違いだった。


 あそこでは冷めていた上に、味もろくについていなかったのだ。


 それどころか生臭いくらいで、普通だったら食べられる代物ではない。


 だがそれが、命の糧であったから、カズマは無理して口にしていたのだ。


 だが、このアンが作ったスープは出汁も出ているし塩味も効いている。


 なにより温かいから、胃も喜んでいた。


 簡単な料理に喜ぶカズマの姿を見て、アンもグッとくるものがあったのか、その目にはまた涙が浮かんでいた。


「お互い苦労したね……」


 アンはそう言うと、二口目に獣肉をゆっくり咀嚼する痩せこけたカズマの背中を擦るのであった。



 それから数日、カズマとアンはその場から動かなかった。


 カズマの体力回復を優先したのだ。


 アンが狩りに出かけ、カズマは野草を集める役目である。


 アンは赤い髪を三つ編みにした青い瞳でその容姿が美しいのとは裏腹に、かなりたくましくなったのか野生児のような活発さだ。


 剣闘場から脱出してからアンは手引きをしてくれた人物から幾ばくかのお金と身を護る為の武器、そして、これは一番大事なものだったのだが、カズマの大切な刀二振りを預かっていた。


 それらを持って、アンは自分のスキル『旅芸人』を駆使して、行く先々で小銭を稼ぎながらカズマを探してこの地に辿り着いたのだ。


 その旅は平穏無事とはいかなかったし、その容姿が美しいから、旅芸人としての仕事以外ではフードを目深に被って顔を見られないように努めていた。


 そうでないと邪な気持ちを持つ者達が襲ってくるからである。


 そんな苦労を重ねていただけにアンは成長し、たくましくなっていた。


 それに、アンは一年の間に特別な能力にも目覚めていた。


 それが魔法収納である。


 まだ、収納力は全然小さいが、一人旅でこの能力はかなり役に立っていた。


 特にカズマの刀二振りは、脱出を手引きしてくれた人物から預かってすぐに隠せたし、『旅芸人』として手品を見せる時にもこの魔法収納が役に立つ。


 ハンカチでリゴーの実を覆ってそれを消すという事も出来たのだ。


 もちろん、手品自体もアンは元から出来るのだが、トリックがある道具がない以上、魔法収納との組み合わせはとても役に立つのであった。


 そんな四歳年上の幼馴染を頼りになるなと思いながら、数日間はカズマも体力回復に励んだ。


 数日後、そこでようやくアンが魔法収納から刀二振りを取り出してカズマに渡した。


「え!? これ、どこで手に入れたの!?」


 カズマが驚くの仕方がない。


 なにしろこの二振りの刀は、あの時、降伏した時に取り上げられ、没収されて行方が分からなくなっているはずだったからだ。


「私の脱出の手引きをしてくれた一人が、方々に人を出して取り戻してくれていたの。カズマにあの時はすまなかったと、言っていたわ」


 アンの言葉にカズマは理解が追いつかない。


 誰の事だろうかと、思いを巡らす。


 それを見てアンは少し笑って説明する。


「私達に降伏を促した隊長さんがいたでしょ? その人が協力してくれたの。アイスホークって人よ」


「ああ! あの時の……! ──そっか僕達の為に動いてくれたのか……」


 カズマもようやく理解した。


「その人が私が脱走する一助にもなってくれたの。どうする、お礼を言いに行く? 今は帝国から脱出するのが一番だとは思うけど……」


「……感謝は伝えたいかな。そして、その後は僕達の場所に戻ろう!」


 カズマはそう告げると、アンから渡された小ざっぱりした服に着替える。


「そうね。それじゃあ、まずは、アイスホークさんにお礼を伝える旅ね」


 アンはそう言うとカズマの手を取る。


 二人はお礼と帝国内から脱出を目標に、鉱山地域をあとにするのであった。

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