第67話 逃走中

 カズマはやせ細った体を引きずって鉱山から離れるように茂みの中を歩いていた。


 道を歩いていると、誰に遭遇するかわからないからだ。


 だが、道からは大きく離れないように、進む。


 カズマは最初、首枷、足枷から解放された事で、魔力も循環し始め、さらには能力も使えるようになってある程度生気を取り戻していた。


 そのお陰で、能力の『無手術』で生活魔法の水も出してのどを潤す事が出来る。


 だが、それにも限界はある。


 要は食料だ。


 カズマは周囲に人里の気配がない山中の茂みを歩いているが、この状態で何にも歩き続けるのは不可能だと体が悲鳴を上げていた。


「……これは食料調達しないと身が持たないでござる……」


 思わずござる口調が出るカズマであったが、ふとある事に気づいた。


 それは、『ゴーストサムライ』の能力の一つである『目利き』である。


 歩きながら、邪魔な草をかき分けた拍子に草の一部が指に絡まり、引っこ抜いたのだが、それを『目利き』で鑑定したのだ。


『目利き』能力は、通常の鑑定能力と違い、産地、製作者、価値のみ鑑定が可能であり、便利な部分もあるが、ほとんどは鑑定しても素材についてはわからない。


 しかし、指に絡んだ草を『目利き』すると、


「産地:帝国・トーイ鉱山地域産、製作者:自然、価値:なし」


 と表示されたのだ。


 これを使えば、価値がわかるはずだから食べられ物がわかるのでないか!?


 と、カズマは思いついた。


 カズマは歩きながら、見た事がない草や木の実、根っこまで採取して『目利き』で鑑定しながら進み始めた。


 何度目かの試みで、


「産地:帝国・トーイ鉱山地域産、製作者:自然、価値:一銅貨」


 という鑑定結果の草が見つかった。


 カズマはそれがわかると、匂いも確認せず口に運んだ。


 それくらいお腹が空いていたのだ。


「……苦いけど、嫌な苦みじゃない……?」


 カズマの目に生気が宿る。


 それはポーションの材料になるヒーラー草であった。


 もちろん、カズマの『目利き』ではその表示はされないが、価値があるのはわかるから、カズマも遠慮なく見つけては引っこ抜いて口に運ぶ。


 一本一本は腹を満たすには不十分であったが、何度も繰り返してくると体に染み渡って栄養になっていくのを感じる。


「他にもないかな?」


 カズマは元気を少し取り戻し、色んな草を引き抜いては『目利き』して価値を調べるのであった。



 その日は、焚火をせず、ツタで紐を作り、落下しないように木に体を括りつけて木の上で仮眠を取った。


 人里離れた山中である。何がいてもおかしくないからだ。


 実際、夜中に何かの声で目が覚めると、木の下をゴブリンが数体通り過ぎるのを確認した。


 息を殺してそれを見送り、気配を感じなくなったところで、ようやく安堵の溜息を吐く。


「やっぱり、魔物もいるよね……。日中も気を付けて歩かないと、武器もないしゴブリン相手でもやられる可能性が高い……、でござるか」


 カズマは内心でそうつぶやくと、体を縛った紐を確認すると、また、仮眠を取るのであった。


 翌朝、カズマは木の上で目が覚めると、体と木に縛り付けていた紐を解き、するすると地上に降りる。


 周囲を昨日以上に警戒しながら、道の傍から離れないように茂みを移動し始めた。


 この日も、カズマは鉱山から少しでも離れるように歩いて距離を稼ぎ、その道中で食事となる草や野花を採取して口に運ぶ。


「『ブシハクワネドタカヨウジ』のお陰で、ちょっとの食事で結構なエネルギーになっているみたいだ。でも、やっぱり、まともな食事がしたい……」


 鉱山で命が助かっただけでも、喜んで誰かわからぬ神に感謝していたカズマであったが、やはり生きようと思えば、望みは増えて来るものである。


 やはり、狩りをしないとお肉には辿り着けないとすぐに自覚した。


 カズマは石を探し始めた。


 それを複数見つけるとそれらをぶつけて砕き、鋭利になったものを作り出す。


 それを同じく拾った木の棒に紐で括りつけた。


 急ごしらえの斧だ。


 ついでに槍も作ってみる。


「……これで魔物に勝てる気がしないけど、やるしかないよね?」


 カズマは自分に言い聞かせると、歩みを進めながら、遭遇するかもしれない獲物を期待するのであった。


 しばらく進むと茂みの風上から、煙の臭いがしてきた。


 よく見ると、大きな木の下で誰かが焚火をしているのか煙が微かに見える。


 焚火の煙は大きな木の葉っぱによって霧散し、上空に上がる頃には肉眼では確認しづらくなっていくから、わかりにくいのだ。


「そんな知識があるのは……、人?」


 カズマは頭を低くすると、音をたてないように地面を這って近づいていく。


 茂みに入ると音が鳴るから、こうするしか近づき方がないのであるが、見た目には非常に滑稽に映る。


 カズマはそれでも帝国兵以外の人に会えるならと、自分の馬鹿馬鹿しい姿も気にせず、その焚火の場所を覗くのであった。


 そこには、一人の旅人姿の人物が、焚火で鍋を温めているようだった。


 こんなところに旅人……?


 カズマは疑問でいっぱいだったが、煙を確認できないようにする配慮などから、帝国兵とは真逆の存在ではないかと期待した。


 そして、様子を窺っていると、その旅人は鍋の中身のものを木のスプーンですくって口に運ぶ。


「……生き返る……!」


 という声が微かに聞こえる。


 カズマはその言葉にゴクリと生唾を飲み込む。


 きっとそれは鉱山での犯罪奴隷生活より良い食事だと容易に想像が出来たからだ。


 だが、相手が何者であるかわからない以上、出て行って自分も食べさせて欲しいとはいえないから、様子を窺うしか出来ない。


 その時でった。


 ぐぅ~~~~!


 カズマのお腹が盛大な音を立てて鳴ったのだ。


「そこにいるのは誰!?」


 旅人がカズマのいる木の傍を警戒して声を掛けて来た。


「し、しまった……」


 カズマは観念してその場に立ち上がる。


 相手は、がりがりに痩せてみすぼらしい格好のカズマを見て、「あなた、誰?」と首を傾げた。


 そして、


「もしかして、カズマ……?」


 と口を開く。


「え? ……まさか、その声……!?」


 カズマは声の主である相手のフードの下の顔を覗き見て驚くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る