第78話 捕縛命令

 盗賊団と領兵隊の攻防は当初の予定であった三日以内どころか、五日経っても討伐出来ず、硬直状態になっていた。


 攻め手である領兵隊は最初の勢いも糧秣を焼かれた事で萎んでしまい、その後は勢いに乗れないままでいる。


 盗賊団の方は、攻撃されるのを事前に知っていた事で準備も万端だったし、士気も高いという状況だ。


 それに、まだ、隠し玉があるのか余裕さえうかがえた。


 それについては、『霊体化』して見物していたカズマが理由を知っていたが、それを領兵隊に伝える事はない。


 カズマとアンの立場からすると、この攻防戦は帝都から兵が派遣されてくるまでの時間稼ぎでしかないのだ。


「そろそろ屋敷に戻って、帝都から派遣されてくるアイスホークさんを待つでござる」


『霊体化』で山中上空でふわふわと浮いているカズマであったが、十分な時間稼ぎが出来たとして、自分達が幽閉されているシアン男爵の屋敷に戻るのであった。



「本来なら盗賊討伐後にと我慢していたが埒が明かないのでな。──お前達、彼女の弟を別の部屋に監禁しておけ」


 カズマが戻ると、部屋にはシアン男爵とその部下の兵士五人が、強引に入って来ていた。


「男爵様、弟の方は、この部屋にはいないみたいです!」


 兵士達はトイレや浴室、寝室に乗り込んでカズマの姿を探すが見当たらず、その事を報告する。


「何!? ──おい、女! 弟をどこに隠した!?」


 シアン男爵は煙のように消えているカズマの存在を探してアンに問い詰める。


「僕はここにいますよ」


 先程、兵士が探し終えていたはずのトイレから、カズマがそう言うと出てきた。


「え? そんな馬鹿な!?」


 兵士は驚いて、カズマを荒々しく突き飛ばすとトイレの扉を開けて確認する。


 もちろん、カズマはトイレ内部で『霊体化』を解いただけなので、タネがあるわけもない。


「ええい、何をやっている! 見つかったのだから、拘束して他の部屋に監禁せよ。女の方も念の為身体検査をして危険物は取り除かないとな。ぐへへへっ!」


 シアン男爵は下心を隠す必要もなくなったのか、そう言うと兵士に命令する。


 兵士達もひと際美人でスタイルも良いアンの身体検査とあって、目を見合わせるとアンに近づいていく。


 その間、役得とはいかなかった方の兵士達が二人、カズマを拘束する為に迫ってきた。


 もちろん、カズマは黙って拘束されるつもりはない。


 武器収納から脇差しを取り出すと、自分を掴もうとするその兵士の手を斬り落とす。


「ぎゃー!」


 兵士は斬られた痛みに悲鳴を上げてその場にうずくまる。


 その間にもう一人の兵士の太ももに斬りつけた。


「ぐぁー!」


 こちらの兵士も悲鳴を上げると、その場に転げまわる。


 これには下心丸出しのシアン男爵と残りの兵士三名も驚いて、アンの身体検査という重大任務を放り出すしかなく、剣を抜く。


 そこにアンがどこから取り出したのか、投げナイフを両手に構え、自分から視線を外した二人の兵士に向かって投げる。


 カズマに気を取られている兵士二人は全く反応する事が出来ず、両者とも側頭部にナイフが刺さり、即死。その場に倒れた。


「ひぃ!」


 シアン男爵はそこで初めて、形勢逆転された事を知って悲鳴を上げた。


「男爵様、お下がりください。ここは私が」


 ずっとシアン男爵から離れなかった最後の部下が、カズマとアンの二人と対峙する。


「二人共、私が帝国貴族である事をわかっているのか! これ以上抵抗したら、この腕利きの用心棒であるサエキがお前達を斬り捨てる事になるぞ!弟の方はともかく女の方は、まだ、許してやるぞ! どうだ?」


 シアン男爵はまだアンを手籠めにする事を諦めていないようだ。


 用心棒のサエキはその言葉を無視して、剣を構えた状態で腰を落とすとすり足でカズマと距離を詰める。


 視線はアンも警戒しており、その挙動に油断はない。


 カズマはこの男が相当の使い手だと踏んだのか、一度脇差しを鞘に納めて構え直す。


 いくら広いとは言え、室内で長刀を振り回すわけにはいかないから、脇差しで対抗する方が利口との判断だ。


 鞘に納めたのは、用心棒サエキとの剣の距離を不明確にする為。


 一度、抜いたからその長さはほとんどあちらもわかっているだろうが、鞘に納めて半身で構え、その長さを体で隠す事で、少しでもその距離感を掴ませないようにしたのだ。


 数センチの差が勝負を分ける。


 カズマは前世の命での駆け引きからそれがわかっているから、用心棒サエキから視線を外さず、相手の一振り目を警戒した。


 適当な距離で踏み込んで斬りかかってくれれば、その時に距離が測れる。


 そうすれば二度目はそれを読んで一瞬でかたを付けるつもりであった。


 用心棒サエキはカズマがただの子供ではない事を察したのか、中々、ひと振り目を放たない。


 じりじりと少しずつ距離を詰めていたが、それも危険を感じたのかピタリと止まる。


 その時であった。


「ええい! 子供相手に何を慎重になっている! とっとと斬り捨てぬか!」


 という焦れたシアン男爵の言葉に、用心棒が反応して一撃必殺の剣をカズマに繰り出した。


 その一撃がシアン男爵の言葉によって、タイミングよく来たのでカズマは見事に反応し、半歩後方に飛んで下がった事で、眼前を横薙ぎにした刃先がミリ単位の距離で通り過ぎていく。


 刃先が過ぎる瞬間にはカズマも踏み込み、柄を握っていた右腕が、脇差しを抜き放ち逆袈裟の形で斬り上げていた。


 その刃先は用心棒サエキの革鎧を一刀両断にして血飛沫が上がり、用心棒サエキは呆然とした状態でその場に突っ伏して息絶える。


 そこに、兵士達がなだれ込んできた。


「おお! 領兵隊が戻ってきたのか! 早く、このガキ共をひっ捕らえよ!」


 シアン男爵は用心棒サエキが斬られて一瞬、身の危険を感じたが、なだれ込んできた兵士達に勢いを得て命令を下す。


 そこへ、カズマとアンが知っている男が室内に入ってきた。


「シアン男爵、あなたには帝室より下賜された『宝刀』を無断で裏社会のオークションで売り飛ばそうとした罪とこの地での幾人もの帝国民失踪における容疑共々、捕縛命令が出ています。わかっていますね? ──拘束せよ」


 帝国の軍装姿のアイスホークがそうシアン男爵に問い質すと、返答を待たずに拘束命令を部下に出す。


「な!? ば、馬鹿な!? 失踪容疑はともかく、宝刀はまだ、盗賊団の下に……。──あっ……! 貴様ら謀ったな!? こいつらを先に捕らえよ! 私はこの姉弟に騙されたのだ! くそー!」


 兵士達に拘束されて連れていかれる間、シアン男爵は、ずっとカズマとアンを罵倒していたが、その声も部屋から遠ざかっていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る