第79話 結末と現状
アイスホークはシアン男爵の連行を部下に任せると、室内に引き返してきた。
カズマとアンは帝国兵に囲まれて室内の椅子に座っていたが、アイスホークが人払いしてから、声を掛けてくる。
「二人共大丈夫だな? カズマとは数日前に会えたが、アンも元気そうで何よりだ」
アイスホークは二人の向かいの席に座る。
「お陰様で助かりました。タイミングは最高でしたよ」
アンはアイスホークが様子を窺っていたのではないかと思えるタイミングに笑って応じる。
「シアン男爵の悪事は明白だから二人は被害者として形ばかりの話を聞いたらあとは自由だ。二人はこれからどうする? 当然、帝国外へと向かうのだとは思うが。何か必要なものがあったら言ってくれ。私が用意しよう」
「アンを犯罪奴隷から解放してくれただけでありがたいです。僕達の二人の当面の目標はあなたへのお礼を返す事でしたが、今回の件では少しくらいはお役に立てました?」
カズマはアイスホークの好意はこれ以上は受けられないとばかりに断り、逆に聞く。
「そんな事は気にするな。二人に降伏を求めておいて、騙す形になったのはこちらだ。あの時の事は本当にすまなかったと思っている。それにカズマの言う通り、今回の件で昇格できそうな感じだ。将軍閣下からも今回の手柄で直下の千人隊長として迎えると約束もして頂いているからな。こちらこそ、感謝しているよ」
アイスホークは朗らかな笑顔で応じると、二人に感謝する。
「それじゃあ、お互いにお礼は出来たという事にしましょう。──あ、そうだ。東の街道沿いの山中で時間稼ぎにと領兵隊と盗賊団を争わせているので、あとはお任せします」
余計なお世話かと思ったが、時間稼ぎに利用させてもらった形だから、アイスホークに事後処理をお願いした。
「了解した。──シアン男爵領内の盗賊団というと『銀狼の尾』辺りか? しかし、そんな盗賊団の事をよく知っていたな。ましてやシアン男爵と争わせるとは……。やはり、私が見込んだ通り只者では無かったな。はははっ!」
アイスホークはそうカズマを評価すると、大笑するのであった。
カズマとアンは一日だけ、シアン男爵領に滞在して男爵の行いについて証言し、その罪の裏付けとした。
そして、それが終わるとアイスホークに再会する事を願って別れの挨拶とし、シアン男爵領をあとにする事にするのであった。
ちなみにシアン男爵領の後日談だが、まず、夫人はシアン男爵の行いを知っていたという事で罪に問われて処罰対象になったようだ。
裁判所では二人が罪を擦り付け合う泥試合のような展開もあったらしいが、アイスホークが用意した証拠と証言の数々で即日、有罪が決定したらしい。
これを知ったのは滞在していた街にその情報が流れて来たからであった。
帝国でも帝都に近い貴族であるシアン男爵の凋落はととても注目を集めたようで、その貴族を逮捕したアイスホークも一躍優秀な軍人としてその容姿も相まって脚光を浴びているらしい。
「思った以上にアイスホークさんは出世しそうだ」
カズマは街の通りで購入した新聞を見てアンに教える。
「……私がなりかけていた剣闘士は、犯罪奴隷を使う事で国民に罪悪感を与えず、不満のガス抜きの為にもこの国では必要らしいのだけど、今回のシアン男爵の件も敗戦で広がっている国内に溜まった不満のガス抜きの為にも、大きく扱われているのかもしれないわ」
アンが鋭い指摘をした。
それは必ずあるだろう。
地球の戦国時代などでも罪人を民の前に晒して処罰する事で、犯罪者は容赦しないというメッセージと共に、ガス抜きを行っていた側面がある。
シアン男爵はそれに対する絶好の材料として使用された感は否めない。
そして、アイスホークはそれに便乗する形で出世する事になるが、それすらも国民へのおもちゃの一つなのかもしれなかった。
「どこの国も裏を返すとドロドロしているね」
カズマは溜息を吐く。
自分の祖国アルストラ王国は、アークサイ公爵派、ホーンム侯爵派、ツヨカーン侯爵派の三つの勢力でギリギリ均衡を保っている状況だ。
そして、帝国が侵攻してきた時は一致団結して押し返し、勝利が目前になるとツヨカーン派勢力の知恵袋であったイヒトーダ伯爵領を両者は急襲し攻め殺す非道さを見せた。
さらに帝国については、カズマとアンはアルストラ王国を目指して南下している間に、その状況を知りつつあるが、あまり経済状況が良いとは言えないようで、目に見えない不満が国民の間に溜まって来ているように感じていた。
帝国にとって隣国アルストラ王国が内乱で潰れかけていた時はまだよかったようである。
国民にも隣の国民は不幸だぞ、と伝えれば、自分達はまだ幸せなんだ! と幻想の幸福を与える事が出来たからだ。
しかし、アルストラ国内で三つの勢力がバランスを取り、平和になり始めたから帝国は危機感を持った。
もともと、滅びかけているところを攻めて漁夫の利を得るつもりであったから、アルストラ王国が持ち直し始めた事に驚き、慌てて侵攻軍の編成を数年前倒して急ぎ、攻め入ったのだ。
しかし、それも失敗に終わった今、帝国は斜陽の一途を辿っている。
しばらくの間はアルストラ王国はこの危険な隣国から攻められる事はないだろう。
しかし、それはまた、国内での争いの再開を意味する。
ツヨカーン侯爵派の勢いはアークサイ公爵、ホーンム侯爵両者を追い抜く勢いであったが、その立役者の一人であったイヒトーダ伯爵を帝国軍の仕業に見せて始末した事で、均衡は崩れたと考えるべきだろう。
それにカズマは母セイラの生死がどうなったのかも知らない。
本来なら『霊体化』ですぐにでも故郷に戻り、あの後、どうなったのか確認したいところではあったが、傍にはアンがいる。
彼女を守る事が母セイラとの約束であり、現在のカズマがやるべき事であったから、それは我慢するのであった。
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