第80話 同業者との遭遇

 カズマとアンはシアンの街以降、旅の芸人としての仕事については慎重になっていた。


 もちろん、お金を稼がないと旅費を捻出できないから、芸人としての興行は当然行っている。


 問題はその中身で、アンの占いはあれ以来、やらないようにしていた。


 あくまでも旅芸人一座として、アンが軽業を中心に客を集め、大トリにカズマの大掛かりな箱の間の瞬間移動する演目を見せて終わりという形で稼いでいる。


 以前に比べたら占い単品はお金を一人一人から貰えていた分、それが無くなった今は、以前に比べてかなり稼ぎは減ったが、トラブルも無くなった分、ましかもしれない。


 この日も、上々の客入りで見物料も集められたから、いい宿に泊まれそうだった。


 二人はいつもの通り、荷物をひとまとめにして背負い袋に入れる。


 そして、カズマの箱移動に使用した大きな箱二つを路地裏に運ぶフリをしてアンの魔法収納で回収した。


「それじゃあ、宿を取りに行こう!」


 二人にとって、食事が旅の間の楽しみになっていたから、いい宿に泊まる事で良い食事をしようというのが二人の一致した意見であった。


 だから、満室になる前に急ぐのだ。


「そこの二人。ちょっと待て」


「「?」」


 カズマとアンは呼び止められる理由が分からず、疑問符を浮かべて振り返る。


 そこにいたのは、同業者と思われる旅芸人一座であった。


 カズマとアンとは違い、その一座はちゃんと十人くらいのメンバーがいる。


「あんたら見ない顔だな。どこ出身だい? 俺達は北東部で名を馳せた『ロギー一座』だ」


 座長と思われる派手な帽子を被った中年の男性が、アンに声を掛ける。


「「……」」


 カズマとアンはどう反応したものかと、一瞬迷った。


 なにしろ出身地はこの帝国内ではないし、自己紹介するような一座名もない。


 ただの姉弟旅芸人の設定なのだ。


「南東部方面から北まで旅をして、それからまた、戻る途中の名もないただの旅芸人の姉弟です」


 カズマはアンに答えさせる前に自分から答えた。


 アンと何も打ち合わせをしていなかったから、後々の事を考えてふわっとした設定だけ答えたのだ。


「北までという事は北の帝都で失敗して故郷に戻るところかい? うちも帝都で興行を失敗してな。腕磨きに専念しようという事で、各街の地元で活動している一座を観察研究して転々としている最中なんだ。──あんた達、かなり良い腕をしていると思ってな。特に大した目的がないなら俺達と組まないか?」


 座長はどうやらスカウトが目的のようだった。


 確かに座長の派手な帽子が興行中にお客の後方でちらちら視界に入っていたから、自分達の興行を観察していたのだろう。


 ただ、一座の中には二人のスカウトに不満なのか、不服そうな踊り子姿の若い女性がアンを軽く睨んでいる様子が窺えた。


「お誘いは嬉しいですが、まずは仲間の説得をしてからにしてください。それに、私達姉弟は二人で十分生活できるだけの稼ぎはあるので」


 アンはそれに気づいてきっぱりと断る。


「おっと、これはすまない。──ターニャ、言っただろ。技術を身に着ける為にも有能な仲間を入れるべきだって。──だが、二人だと芸の数にも限界があって飽きられやすいからすぐに土地を移動しないといけなくなるだろう? うちは見ての通り裏方を除いて芸人八人がいる一座だ。道化師二人に力自慢、踊り子に軽業師、手品師、曲芸師、占い師もいるんだ。馬車も三台の大所帯で芸の数も多いから、すぐに飽きられる事もなく一つの場所に長い事滞在できるぞ?」


 座長はカズマ達を気に入っているのかアピールが凄い。


 だが二人にとっては旅費さえ稼げれば次の街に移動、そして、最終的に帝国から脱出するのが目標であったから、この誘いは全く心動かされるものではない。


 確かに少数の芸人一座にとって、芸を飽きられるのが一番の問題であり、旅をするにしても一定期間、一つの場所で興行と休養を取る事が、長く続ける秘訣でもある。


 その為にはやはり仲間を増やして、メンバー内で組み合わせる事で演目を増やし、お客を飽きさせない努力が必要であったから、座長が言う事は普通の芸人には魅力的な誘いではあるのだった。


「僕達は二人で十分満足なので結構です」


 今度はカズマがきっぱりと断る。


「偉そうに! あの程度の芸で、芸人世界で生き残れると思っているわけ!? せっかく座長が誘っているにそれが聞けないのかしら!」


 先程からアンを睨んでいた踊り子の女性が反対姿勢の割に断られるのも癪なのか言いがかりをつけてきた。


「そう答えを急がずともいいじゃないか。──あ、そうだ。試しに一度、うちと一緒に興行してみないか? それで大所帯も悪くない事がわかると思うんだが?」


 中年の座長は二人に断られても引く様子がない。


 これはきりがないと思ったカズマとアンはこれ以上は話しても無駄だという事を態度で示す為に、宿屋のある方向へと歩き出す。


「そっちの方向は……、もしかして宿屋『欲張り狐亭』かい? あそこは人気の宿だから、今からだともう間に合わないと思うぞ? この街は良い宿屋は早々に埋まってしまうからこの時間だと治安の悪い安宿しか残っていないだろうな。うちはひと月前から滞在しているから、優先的に部屋を譲ってもらえるんだが、どうだい、今日の宿をうちが提供する代わり、明日一日、うちと興行を共にするというのは?」


「「……」」


 カズマとアンは視線を交わして大きな溜息を吐く。


 二人共、今日は宿屋でゆっくりしたいと思っていたから、この『ロギー一座』と共に一日一緒に興行を行う事を条件にこの日の宿を確保するのであった。

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