第81話 共同興行の目的

 『ロギー一座』と名乗る旅芸人一座の計らいで宿屋をなんとか取れたカズマとアンであったが、その交換条件として翌日の興行を一緒に行う事になっていた。


「……それでどうしようか?」


 カズマはアンと『ロギー一座』と翌日やる演目について相談していた。


「あちらが何をするかによって変わるとは思うけど……、──私の予想ではカズマの箱移動と私のいくつかの手品は絶対するよう要求してくると思う」


 アンは旅芸人として何か確信があるのかそう答えた。


「やっぱり? 多分、客ウケもよく、タネを知らない演目をあちらは僕達にしてもらいたいだろうね」


 カズマもアンの言いたい事が理解出来たのか賛同した。


 それは、傍でカズマとアンの芸を間近で見る事で同業者としてそのタネを知りたいのだ。


 それが彼らの一番の目的だろう。


 彼らにとって、もし、二人を一座の仲間に出来ればラッキーだろうが、そうでなくても二人の芸のタネ明かしが出来れば、自分達もマネする事が出来る。


 そうなれば演目がまた増えるし、また、新たに稼げるという事だ。


 つまり、カズマとアンを仲間にしようができまいが、どちらに転んでも踏み台にしようとしているのである。


 これは同業者として心情は察する。


 しかし、同業他者に芸のタネ明かしを出来るわけがなく、バレないようにやるのが、芸人としての意地だ。


 舞台袖から見られるのと、客席から見られるのでは全く違う為、この『ロギー一座』は明日の興行でカズマとアンの芸を丸裸にして技術を盗むつもりでいるのが分かった。


 もしかしたら、舞台裏でカズマとアンの道具を運ぶフリをして、手品のタネを知ろうとしているのかもしれない。


 一緒にやるという事はそういう事だ。


「とりあえず、明日は僕の箱移動をメインにして、アンは軽業と曲芸、踊りにしよう。アンの手品はタネがあるから、それだけは知られたくないもんね」


 カズマとアンはそう決定すると、早々に寝るのであった。



 翌日。


『ロギー一座』の派手な帽子を被っている中年の座長が、カズマとアンを食堂に呼び出し、今日の演目の打ち合わせをしようという事になった。


 他にも昨日絡んできた踊り子の女、座長と一緒に司会もこなす道化師の男二人、筋骨隆々な力自慢の男、曲芸師と占い師の女性二人や軽業師と手品師の男達も席に座っている。


 舞台の裏方という若い少年少女二人は、その後ろで控えめに椅子に座ってこちらの様子を窺っていた。


「今日は二人がゲストだから二人をメインにしようと考えている。昨日やっていたカズマ君の箱移動を大トリにして中盤のメインに、アンさんには手品をお願いしたい。サポートは道化師の二人がやる形でどうだろう? もちろん、準備はうちの裏方に任せてくれ。人数が多いとその辺りの手際は良いぞ」


 座長は案の定タネを知りたいであろうこちらのメインの芸をお願いしてきた。


 座長の説明通りに行うと、普通なら完全に裏方によって道具に仕込んだタネは明かされ、サポート役という道化師に傍で手品をすれば、その技術も見抜かれる事になるだろう。


「僕の箱移動がメインですか? それは光栄ですが、うちの姉には公演の最初の掴みから登場して軽業と曲芸に力を入れてもらい、あとは僕の箱移動のサポートをしてもらいたいんですが?」


 カズマは座長の意見を渋るように答える。


 この言い方なら箱移動はアンの協力なしでは難しいというように解釈されるだろう。


 座長が手品師の男に視線を一瞬向け、手品師が小さく頷くのを確認してから、視線を戻す。


「アンさんは華やかだから、中盤で客ウケがいい手品で盛り上げて欲しいんだがなぁ」


 座長は残念そうに言う。


 そして続ける。


「二人にはうちと一緒の公演を味わって欲しいから、サポート役は道化師二人にお願いできないかな? お客にタネがバレないように注意点を教えてくれれば、道化師の二人もその辺りは心得ているから問題は起きないと思うよ?」


 座長はあくまでもこちらは同業者の味方で、お客にはバレないようにするという事を強調して見せた。


 いや、あなた達にバレるから嫌なんですよ?


 カズマとアンは内心でツッコミを入れるのであったが、


「僕達二人のペースもありますし、慣れないサポート役がいると逆にミスってぼろが出るのでそこは勘弁してください。特に僕達の手品はがあるので」


 と表向きはそう答える。


「そんなに繊細な手品だったのか。なるほど、そこまで言うなら私達もあまり強くは言えないな。ならば、最初の出だしはアン君に任せよう。……そうだ、的を持つ役はうちの道化師でどうだい? その辺りのリアクションはうちの二人はうまいよ?」


 座長は一見完全にカズマとアンの要求に折れたように感じられたが、カズマの言葉から箱移動のタネ明かしの一端を引き出したつもりでいた。


 手品師や道化師二人、裏方二人は舞台袖からサポート役のアンの繊細な動きを注視すれば良いと判断したのだ。


 カズマも箱移動の演目は、箱に勿体ぶってアンが布をかぶせるようにしているから、本番ではその辺りを勝手に警戒してくれるはずである。


 カズマは自分の箱移動のタネ(そんなものはないが)を知られそうなとこまでロギー一座全員の興味を誘導したのだが、本当の目的はアンに手品をさせずに済ませる事だったから、まんまと騙しおおせたのであった。



 こうして、打ち合わせ後、借りていた大きな広場の一角で興行は始まった。


 アンの人並外れた軽業と曲芸の組み合わせは、ロギー一座の軽業師、曲芸師でもってしてもマネは出来ない身体能力の問題であったから、堂々とその芸を披露し、観客を沸かせた。


 そのあとはロギー一座が次々にテンポよく各芸人達が技を披露して拍手とおひねりを頂く。


 中盤で踊り子のお色気たっぷりのダンスは、最初に超絶美女であるアンの芸を見た後なのであまりウケが良くなかったが、道化師二人が機転を利かせて踊り子に迫る演技を見せ、座長が懲らしめるというアドリブで笑いを誘って挽回した。


 そして、終盤大トリのカズマの出番である。


 ロギー一座の視線は仕込みがあるはずの箱二つとアンが手にしている大きな布に集まっていた。


 裏方が箱を運ぶと言ってきたのでカズマは任せたが、案の定、箱をひっくり返して仕掛けを見抜こうと箱内部を凝視しながら箱を運び、舞台にゆっくり置く。


 その姿をチラッと見ると裏方二人は視線を交わして首を振っていた。


 それはそうだ、なにしろタネも仕掛けも無い芸だ。


 見抜けるはずがない。


 カズマは内心笑うとアンと二人舞台袖からの座長以下、一座全員の仕掛けを見抜こうという強い視線を感じながら、大勢観客が集まった中で、堂々と箱移動を無事やって見せ、今日一番の拍手と喝采を浴びて興行は大成功で終わるのであった。



「……いや、なんだ……。まあ、薄々感づいているだろうが、……うちの負けだ」


 座長は何がとは言わないが、降参を宣言して両手を上げて見せた。


「今日は大人数でやる醍醐味を感じられましたが、僕達は二人でやる方が向いています。──という事で、ありがとうございました」


 カズマは座長の勧誘の言葉を聞く前に断りの言葉を告げた。


「……やっぱり駄目かい?」


 座長が未練たらたらな感じで最後のお願いをする。


「「無理です」」


 カズマとアンは声を揃えて答えると、今日は早めに宿屋を探そうとばかりに人混みの中へと消えていくのであった。

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