第82話 一期一会の情報

 カズマとアンは翌日の朝には、乗合馬車を利用して街をあとにすると南下する事にした。


『ロギー一座』とこれ以上関わりたくなかったからだ。


 当然あちらもカズマとアンの技術を盗むつもりで誘って失敗した経緯がある。


 これ以上は顔を合わせるのは嫌だろうから丁度いいだろう。


 二人は馬車に揺られて次の街を目指すのであった。



 カズマとアンは小さな街や村は数日かけて通り過ぎて、大きな街を目指していた。


 手持ちのお金に余裕がある事もだが、途中の街や村は治安があまり良くなかったのだ。


 子供のカズマと美女のアンは治安の悪いところでは絶好の標的であったから、芸人として商売をしようものならすぐに、その日のうちに襲われる危険もある。


「クラウス帝国は敗戦でかなり国内情勢が悪化しているのか南下すると一気に治安が悪くなっていくね」


 カズマはアンを守り通して帝国領から出る事が一番の目的であったから、南下するに従い治安が悪化してくいく心配を口にした。


「……あんたら、二人旅かい? 南は初めてか?」


 乗合馬車に同乗していた行商人姿の男が、カズマのつぶやきが聞こえたのか、話しかけてきた。


「以前は北にいたのですが、旅芸人として姉と二人今回初めて南を訪れます」


「そうかい、旅芸人なのかい。──まあ、戦争前はこの辺りも治安は良かったんだけどな……。敗戦で税は重くなるし、隣国から移住してきた連中に対する不平不満がみんなにも溜まっていって、今ではこのありさまさ。ここからもっと南下したら南部一大きなデンゼルの街がある。そこまでの街道や周辺地域は治安も良いらしいから、着くまで我慢だぜ」


 行商人は、地域に根差す商売人だから周辺の情報には詳しいのだろう、親切に教えてくれた。


「貴重な情報をありがとうございます」


「いや、いいさ。俺達行商人程度は、移動距離も制限されていてデンゼルのような大きな街までは移動できないからな、俺がこんな情報を知っていても役には立たないのさ。その点、国内を自由に動けるあんたら旅芸人が羨ましいよ」


 行商人の男は笑って応じる。


 そう、帝国では国民の移動制限があり、移動するにしてもいちいち申告して許可をもらわないといけない。


 職業によって違いはあるが、行商人程度では、その制限も厳しい。


 だから、ちまちまと同じ地域で稼ぐしかないのだ。


 その中で特殊なのだがカズマ達旅芸人である。


 旅芸人は国内の移動が比較的に自由なのだ。


 もちろん、移動する時は申請が必要だが、許可は通り易い。


 ただし、同じ場所に一定期間留まるのにも許可が必要だし、税金もその分多く取られるから、旅芸人は色んな理由で移動を続けて稼ぐ事を宿命づけられている職業である。


 だから、どの職業が羨ましいというのは、お互い隣の芝が青く見えるという差で、定住したい者にとっては、旅芸人という職業を続けるのは苦痛だろう。


 逆に行商人は定住できて、多少の移動でお金を稼ぐ職業だから、比較的に自由度が高い。


 だが、中途半端な分、他所への憧れも大きくなり易い職業であった。


 カズマはそれがわかっていたから、行商人が羨ましがるのに対して、言い返さないでいた。


「そうだ。あんたら芸人ならデンゼルの街の剣闘場前広場で稼ぐと良い。今、あそこは南部一帯だけでなく国内でも一番熱い場所らしいからな」


 行商人はどこかで入手したであろう情報を惜しみなく提供する。


 どうやら、カズマと話していて楽しくなったのか、他の乗り合わせているお客にも聞こえるように話し始めた。


「「熱い場所?」」


 カズマとアンは同じ剣闘場なら皇帝のお膝元、帝都の剣闘場が一番注目されるはずでは? と、思って聞き返す。


「ああ。今、デンゼルの剣闘場には、無敵の強さを誇る剣闘士が彗星の如く現れて無敗記録を打ち立てているらしいんだ。それが、仮面の女剣闘士なんだとか。あまりに強くて近々帝都の剣闘場へ試合に呼ばれるのではないかとも言われているくらいらしいからな。普通、いくら強くても地方の剣闘士が帝都に召還される事は滅多にない。それが女ならもっとだ。女剣闘士は対戦させられるのは同じ女か魔物。大体その対戦だけで二十戦もしたら死ぬか怪我で引退が関の山だからな。それが現在、男女、魔物関係なく戦い連戦連勝の無敗だというから、地元では凄い盛り上がりらしい」


 行商人が語りだすと、周囲も娯楽に飢えているのか興味を持って聞き始める。


 さらに行商人は注目を浴びていい気分になると続ける。


「そんなとんでもない人気なものだから、周辺の街や村からもその仮面の女剣闘士を観たいと人が集まってくる。だから、剣闘所前広場は常に熱気に溢れているんだそうだ。だから、そこで商売をすれば、誰でも成功間違いなしというわけさ!」


「それはまた、有益な情報ですね。僕達も旅芸人としてそこで稼げれば良いなぁ」


 カズマは行商人の話がどの程度本当かはわからなかったが、その広場で興行できれば、帝国から一気に脱出できるだけの大きな稼ぎが得られるかもしれない。


 だから、その願いも込めてカズマは希望を口にするのであった。


「なるべく早く訪れて、その剣闘場前広場で稼いだ方がいいぞ。噂では剣闘士の試合が好きな皇帝陛下が誕生祭に合わせて、国内の強い剣闘士を帝都に集めた大きな大会をやろうとしているなんて話もあるからな。そこに仮面の女剣闘士が召喚される可能性が大いにある。これは貴族様の下に出入りしている商人から聞いたから可能性は高いかもしれない。だから、そうなる前に早めにその人気にあやかっておいた方が良いぞ」


 行商人も、本当は自分がそこで稼ぎたいのだろうが、格の低い行商人だからその願いは叶わない。


 だから、業種の違う旅芸人のカズマ達にならその願いを託しても良いと思ったのかもしれなかった。


「沢山の情報をありがとうございます。僕らの芸でどれだけ稼げるかわかりませんが、早く訪ねて沢山稼ぎますね」


 カズマは行商人お礼を言う。


「ああ、そうしてくれ! ──お、もう着いたか。──御者さん! ここで降ろしてくれ!」


 行商人は二股の道の手前で御者に止めるようにお願いする。


「じゃあな、旅芸人の二人。俺の分まで、でかい街で稼いでくれ!」


 行商人は笑って手を振る。


「「行商人さんも頑張ってね、さようなら!」」


 カズマとアンは行商人に手を振って、二度と会う事がないであろう何度目かのお別れをするのであった。

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