第83話 残金との戦い
カズマとアンの二人は寄り道する事無く、南部最大の街、デンゼルを目指した。
前日泊まった宿屋は満室寸前で、ギリギリ宿が取れたのだが、その食堂ではデンゼルの街の評判が沢山聞けた。
数日前に乗合馬車で一緒になった行商人の情報と同じく、デンゼルの街では今、剣闘場が一番の観光スポットになっており、宿泊者のほとんどがその剣闘場で無敗の快進撃の活躍をする女性の仮面剣闘士の話題で盛り上がっていた。
丁度、デンゼルの街からの宿泊者もいて、その人物が話題の中心になっていた。
「いや、俺も剣闘場で本物の女性仮面剣闘士の戦いぶりを観戦したが、凄い人気だったぜ! 華麗な戦いぶりもさることながら、仮面越しでも相当な美女だろうなというのがわかるからあの人気なんだろう。それに彼女は負けた時には顔を晒すと公言しているから、誰も無理に仮面を取れとヤジも飛ばないし、利口なやり方だと思ったよ。あれは頭も相当切れるな」
「「「へー!」」」
これからデンゼルの街に向かうであろう宿泊者達は目的の女剣闘士情報を聞けて、感心しきりであった。
「まあ、全ては見てのお楽しみってな! あんたら同様、今、デンゼルの街には周辺の村や街から観光客が訪れていて凄い賑わいだから、迷子にならないように気を付けな! はははっ!」
男は話の中心になれて満足そうであり、アドバイスを続ける。
「この中に商人はいるか? デンゼルの街で稼ぐなら、剣闘場前広場が一番熱い場所だ。あそこは、その日の朝に広場内で関係者にくじを引かせて場所を決めるんだが、定員が集まったら締め切ってすぐに引き始めるんだ。超一等地を決めるくじは、一律小金貨三枚(約三十万円)、一等地は小金貨一枚(約十万円)、二等地は銀貨五枚(約五万円)、三等地は銀貨一枚(約一万円)と使用料はバカ高い。自分の扱う商品の価格を考えてどのくじを引くか決めないと赤字になるぜ。だが、それさえ気をつければあそこは儲かる。実際、超一等地の出店では金貨一枚(約百万円)とかの高級な商品がバンバン売れているのを俺も見ているからな。あそこは商人にとってチャンスの場だぜ!」
「「「おお!」」」
その場にいた商人や行商人達は、一獲千金を目指してデンゼルの街に向かうのだろう、その良い情報を聞いて喜びの声を上げる。
「三等地でも銀貨一枚かぁ……。かなり高いよね……」
カズマは離れた席でその話をアンと二人聞いていたが、旅芸人としては売る物が芸であり、料金はお客の気持ち次第であるから、一日の借地代としては、高く感じるのであった。
「他の地方広場での一日の借地代相場は高くて大銅貨三枚(三千円)から二枚(二千円)程度、もしくはタダだから三倍以上となると、宿代含めて元を取る稼ぎをしてもほとんど利益がでないんじゃない?」
アンもその事実を聞いて、ちょっと怖くなる。
二人共都会の相場に引き気味であったが、デンゼルの街で稼いでこの帝国から脱出予定であったから、腹を括るしかない。
「一日だけ三等地で挑戦して、駄目そうだったら剣闘士前広場以外の安い場所で稼げばいいさ」
カズマの提案にアンも頷く。
最悪の場合は、占いを一日限定で行えば、元は取れるだろう。
二人はそこまで考えると、あとはデンゼルの街についてからだと、決めるのであった。
こうして二人は、満席の乗合馬車で窮屈な思いをしながら揺られてデンゼルの街に入る事になった。
噂通り、いや、噂以上にデンゼルの街は人が多く、どこの通りも人に溢れている。
馬車の通る大きな道も馬車が多く、急に進む速度が落ちたから、カズマとアンは到着早々降りて徒歩で進む事にした。
「これは凄い熱気だね。帝都よりも密度が凄いよ」
カズマはアイスホークに会いに一度は帝都を訪れて雰囲気を多少は知っていたから、感想を漏らした。
アンは帝都に一年近くいたので、カズマよりは帝都に詳しい。
そのアンが、
「帝都はもっと土地が広くて通りなんかも整備されているから比べてはダメなんだろうけど、この熱気と雑多な感じは、デンゼルの街が圧倒的ね」
とカズマに同意した。
「とりあえず、まだ、早いけど宿屋を取ろうか。この感じだと後から取るのは難しそうだし」
カズマがそう提案するとアンも頷き二人は宿を確保する為、宿屋通りに向かうのであった。
「宿屋も高い……」
カズマとアンは十数件目かの宿屋でようやく空室を発見して、すぐに部屋を取ったのだが、地方なら確実に安宿のレベルである粗末な作りの宿の一番安い部屋が、一人頭、大銅貨八枚(八千円)を請求された。
それも、素泊まりでだから食事は別である。
「地方なら四分の一で済むのに……!」
アンも想像以上の宿賃に驚く。
「これで手持ちのお金は、剣闘士前広場三等地のくじを引く銀貨一枚分と夜と翌朝二食分の食事代で全て消し飛ぶよね……?」
カズマも粗末な部屋の硬いベッドを確認しながら、悲しい確認をアンにする。
お金自体はアンがほとんど魔法収納で管理しているのだが、この旅芸人生活の間、お互い小銅貨一枚(約十円)まで持ち金を把握していた。
「……うん。でも、噂の剣闘場前広場だもの。それ以上に稼げると信じるしかないわ」
アンもカズマが悲しい現実を口にする前に、魔法収納内の残金は確認していたから、励ますように前向きな言葉を口にする。
二人は頷くと、明日に向けて夕飯は出費を抑える為、携帯用の硬い黒パンと干し肉、一欠けらのチーズと白湯で我慢するのであった。
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