第84話 場所取り

 カズマとアンの二人は、夜明け前に起きると宿屋をあとにして、剣闘場前広場へと向かう。


 剣闘場前広場は文字通り、剣闘場の出入り口前にある広場であったが、その広さはかなりある。


 というか剣闘場自体がとてつもなく大きいのだ。


 前日は遠目に大きな剣闘場だな、くらいに思っていたのだが、目の前にするとまだ、朝日のない暗闇の中でもかなりの迫力がある建物である。


「まだ、暗いから全体像は掴みづらいけど、それでも大きいね」


 カズマはアンに月並みな感想を漏らす。


「帝都の剣闘場の方がもっと装飾に拘っているけど、こっちも確かに大きいわ」


 アンは帝都の犯罪奴隷剣闘士としてデビュー戦を行い、その時に脱走したから、剣闘場についてはそれなりに詳しいので彼女も月並みな感想を漏らした。


「それでは、出店希望者は集まってください!」


 広場の真ん中あたりに現れた数名の人物がランタンを片手に、暗闇に声を掛ける。


 すると広場の周囲に止まっていた荷馬車や人が引く荷車の影から人が一斉に立ち上がり、ぞろぞろと集まって来る。


「うわ! こんなに人がいたのか……!」


 カズマは人の気配は感じていたのだが、これほどまでに人がいるとは思わず、湧いて出て来る商売人達の多さに驚く。


「それでは、超一等地のくじから始めます。先着十店舗分です。希望する代表者のみなさん、集まってください。まず最初のくじで資格者を決め、二度目のくじで土地決めの順番を決めます。決定した代表者の方は、こちらに一口小金貨三枚(三十万円)を支払って、当選者札を受け取ってください」


 仕切り役の男がいつも行っている説明をすると、一緒にいた女性がくじ用の箱を持って脇に立つ。


 あまりの高額だから、どのくらいの人間が希望するのかとカズマとアンは観察していたが、あっという間に五十人程の代表者が集まった。


 女性はそれを数えると、十の当たりくじとあとはハズレくじを入れて数を調整する。


 そして、くじ引きはすぐに始まった。


「くそー! 確率は結構高いはずなのに何で外れるんだ!」


「よし、当たった! 今回は参加者少なくて良かったぜ!」


「外れたー! こうなったら一等地くじで、上位を当てるしかない!」


 超一等地十店舗分のくじを引いた商人達は喜ぶ者が多かったが、実はここから勝負である。


 この剣闘場前広場、出入り口付近でも、当たりハズレがあるのだ。


 それを知っている常連参加者達の顔に喜びの表情はなく、二回目のくじ引きが始まる。


 そこで初めて常連参加者達から、悲喜交々の声が聞こえてくる。


「よっしゃー! 一番を引いたぞー! 当然、一番出入り口の傍の右側で!」


「初めて、二番を引いた! ……うちは、その左側でよろしく」


「くそー! よりによって十番かよ! これなら一等地くじの上位と変わらない!」


 そんな大金を支払っての最初の勝負が着いた頃、朝日が空を照らし始め、闘技場の一部に後光が指す。


「それでは一等地のくじを──」


 次々と高い場所のくじが行われて行くと、くじに外れ続けた代表者と最初からピンポイントで狙っていた代表者達の戦いになるのだが、そんな運任せな勝負も一番下の三等地くじに移行した。


 その時間になると空は完全に明るくなり、超一等地や一等地の場所にはすでに店開きの準備が終わり、ゆっくり朝食を取っている者も多かった。


「それでは三等地のくじ引きを行います」


 カズマとアンはその先頭に並んでいた。


 なにしろ超一等地のくじの時間から、やって来てずっと観察していたのだ。


 他の者達は三等地くじの時間を知っているのか、ギリギリになってやってくる。


 三等地のくじ参加者は、ざっと百五十人近くになっていた。


 その先頭にカズマとアンがいる。


「それではここで締め切って三等地くじ始めます」


 関係者の男がそう告げると、くじ箱を持った女性の前にアンが立つ。カズマは付き添いだ。


 ではなぜカズマが引かないのかと言うと、アンが運のステータスを上げる占い師を含む旅芸人スキルの持ち主だからである。


 アンは緊張した面持ちで、くじ箱の小さい穴に手を突っ込んで手の平にすっぽり収まる程小さい木札を取り出す。


 その木札の中心にはちょっと消えかけの赤い丸が書いてあった。


 カズマとアンはそれが当たりなのかどうかわからず、困惑して次の人にくじを譲る。


 次の行商人と思われる人物はすぐにくじを引いてアンと同じ赤い丸が書かれたくじを引くと、すかさず三等地の使用金額である銀貨一枚をくじ箱を持つ女性の隣にいる係員に支払い、一日限りの使用権を証明する札を受け取ると、大きな荷物を背負ったまま走って場所取りに向かう。


 そう、三等地から使用場所は当たりくじを引いた者から順番に早い者勝ちなのだ。


 カズマとアンは目を見合わせて「アッ!」という顔をすると、当たりの木札を係員に渡して銀貨を一枚支払い、札を受け取って場所を取りに急いで駆けていくのであった。



「ふぅー、場所取れた……」


 カズマとアンは、三等地では多分良い場所だと思われる狭い仕切られた場所に腰を下ろすと一息つく。


 隣にはカズマ達の次に辺りを引いて走って場所を取りに行った行商人がいた。


「あんたらここでの商売は初めてだろう? あんなにボーっとしてたら、いけないな。はははっ!」


 行商人は笑って良い場所を取れたとばかりに自慢気だ。


 と言っても、カズマ達と隣同士でさほど変わらないと思うのであったが、行商人は言う。


「この場所は、俺が前回、荒稼ぎさせてもらった場所だからな。縁起が良いんだ」


「へー……。(ゲン担ぎでそこ選んだの……!?)」


 カズマとアンはそうとは知らず、この行商人が急いでこの場所を取るのを確認したから、真似してその隣を選んだのであったから、今は、その縁起が良い場所にあやかって今日は一日ここで稼ぐしかない。


 カズマとアンは気を取り直して、狭い場所でやる演目を練る。


 そうしていると、剣闘場前には人々が続々と集まり始めた。


 剣闘場が開くにはまだ時間があるのだが、超一等地付近ではすでに客引きの声が響き始めている。


 みんな剣闘場はほとんど指定席なので早く来る必要性はないのだが、贔屓の剣闘士の現場入りを見たいのか、入り口前はあっという間の人だかりになっていた。


「さあ、みなさん、贔屓の剣闘士へプレゼントの差し入れはどうですか!? あなたの差し入れた剣で敵を倒す場面が見られるよ! 盾を差し入れて、贔屓の剣闘士の命を守れるかもしれない! さあ、買った! 買った!」


「贔屓の剣闘士は何が欲しいって、あなたの気持ちが入ったお守り代わりの高価な首飾りに指輪だよ! 今なら剣闘士への花束も付けるよ!」


「あなたの贔屓の剣闘士の為にオーダーメイドの鎧を差し入れるのはいかがかな!? 人気の女性仮面剣闘士アンが前回使用したのもうちの商品だよ!」


 無茶なこじつけに聞こえる宣伝文句が三等地まで聞こえてくる。


「あれで買う人いるのかな?」


 カズマもさすがに呆れてアンに声を掛ける。


「あんたら何もわかってないな! 剣闘士は武器や装備一式は全て自前で用意しないといけないんだが、それらは全て消耗品だからな、差し入れると普通に試合で使ってもらえるんだ。だから使ってくれるとファンは喜ぶ。そうなったら、良い試合をまたしてもらう為にもっと高価なものを差し入れる、この繰り返しさ」


 行商人は二人の会話に気づくと、自分の事のように自慢げに説明する。


「……なるほど。ファン商売ですね……!(地球でも憑りついていた青年が女性アイドルに投資していたのを思い出したでござる)」


 カズマは妙に納得すると、アンと気合を入れ直し、自分達の興行の準備を始めるのであった。

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