第85話 大きな稼ぎ
マルタの街の剣闘場前広場。
超一等地を一日借りたお店は、大賑わいでこの日も売り上げは上々であった。
人だかりも絶えないし、お客達は贔屓の剣闘士の為に、質が良くて派手な装備一式を贈ろうと真剣な眼差しで吟味している。
「店主、この盾に大きく名前は入れられるかね?」
裕福そうなお客は、贔屓の剣闘士に自分の名が入った盾を持たせたいようだ。
「お客さん、それはいけない。支援者の醍醐味は自分にだけわかる目印を付けた物を贈る事にある。名前入りはさすがに止められるよ」
店主はこれまでも同じようなお客を相手にしていたから、止める。
「そうか……、良い考えだと思ったが駄目か……」
お客は悩むのであったが、盾の中心に黄色の丸を描く事で妥協して購入を決めた。
「毎度あり! これなら女仮面剣闘士様も喜びますよ!」
店主はいつもの言葉をかけると、一休みとばかりに従業員のその場を任せて休憩に入る。
「……今日も大繁盛だな。本店よりもこちらの売り上げが良いのも困ったもんだが、この客入りなら仕方がないな」
店主はそう言うと、他の出店に視線を向けて確認する。
やはり、ライバル店の客入りも気になるところだ。
そうして休憩を入れながら周囲を見渡して、一等地、二等地の様子も窺っていると三等地の一角に沢山の人だかりが出来ているのに気づいた。
「……何だあの人だかりは? 超一等地のうちとタメを張るぐらい人が集まっていないか?」
店主はそうつぶやくと気になって人だかりの方に歩いていく。
近くまで行くと、客から「わっ!」と歓声が上がり、大きな拍手が何度も巻き起こっている。
「なんだ……!?」
店主は普通のお客の反応ではない事に驚き、人だかりをかき分けて中に入っていく。
そこには踊り子姿の綺麗な女性が、少年の手にした
的に当たると少年が大袈裟に驚いたり、おどけてみせたりしてそれがお客の笑いを誘う。
「三等地でこんなに客を集める芸をしている芸人は初めてだな。あの美人が芸を見せ、少年が道化師役だな。二人だけでこれだけ集客できるのは凄い事だ」
店主はずっとこの剣闘場前広場で長く稼いでいるのか、知った風な顔で感心する。
そして、道化師役の少年が見物料を集める為に深底の鍋を持って見学しているお客さんの前を歩くから、店主もこの芸を評価するように銀貨を投げ入れた。
「銀貨!? ありがとうございます!」
その若い少年カズマは、思わぬ大金を入れてくれた店主にお礼を言う。
「良いものを見せてもらったよ。これからも頑張りなさい」
店主が好感の持てるカズマにそう声を掛けると、カズマは、
「次は僕の芸で大トリになるので最後までお楽しみください」
と、応じて他のお客の元にいって見物料を催促して回るのであった。
「ほう……。道化師役の少年も大トリを出来るような芸があるのか、楽しみだな」
店主は仕事を忘れ、この姉弟芸人の芸を最後まで見物する事にした。
大トリはカズマの得意技『箱移動』である。
人が一人すっぽり入る箱を二つ離れて置き、その一つにカズマがすっぽり収まる。
その二つにアンが優雅に踊りながら大きな布をかけ、十秒ほど待ってから布を取るというそれだけなのだが、右から左の離れた箱からカズマが飛び出してくると、見物客からはこの日一番の大歓声が巻き起こる。
店主もこれにはタネや仕掛けがわからず素直に驚く。
「長い事、色んな芸人の芸を見物させてもらっているが、ほとんどは一流の技術で見せていたり、仕掛けのある道具で驚かせるものがほとんどだ。しかし、これはどうなっているんだ!?」
店主はそう言って目を大きくすると、今度は踊り子姿のアンがカズマの代わりに見物料を回収しようと自分の前に来た時に声を掛ける。
「ちょっと君。あ、これは最後の芸の見物料だ」
店主は先程銀貨をカズマに払ったばかりだったが、また、改めて銀貨を支払う。
アンもこれには内心びっくりするが、それは表に出さず、見物料を回収していくのであった。
カズマとアンはこの勢いに乗って占いも行う事にした。
簡単な恋愛占いから剣闘場前広場らしく贔屓の剣闘士の勝敗まで求められたが、そこは『運』が高いアンである。
二分の一の予想なら、普通に『占い師』の能力で当てられなくもない。
しかし、これはギャンブルなので、勝敗予想は当たっても当たらなくてもお客様の応援次第と付け加える。
剣闘士に贈り物をすれば、勝利する可能性は上がるし、剣闘士の為に尽くせば、その望みも一気に可能性が上がると占うのだ。
結局は負けたらあなたの応援が足らなかったという意味であるが、占われる方は真剣だから「なるほど……!」と納得していつもより割高な占い料金を支払っていく。
最後の占いが終わり、店じまいを始めると、そこに超一等地の店主がやってきた。
二人は銀貨をくれた羽振りの良いお客という事で顔を覚えていたので、軽く会釈する。
「芸の数々、色々と楽しませてもらったよ。明日もここでやるのかね?」
「「そのつもりですが……」」
カズマとアンは視線を交わしつつ、頷く。
今日の稼ぎがかなり良かったから、明日もやろうという雰囲気になっていたのだ。
そう文字通り荒稼ぎである。
今日一日だけで二人は小金貨二枚(約二十万円)分くらいの稼ぎを叩きだしていた。
最後の占いでの稼ぎも大きかったが、目の前のお客からの銀貨二枚(約二万円)も中々であったから、羽振りの良い客が多いと判断したのである。
高い宿賃を支払っても十分なお釣りがくる稼ぎだから、数日間これを繰り返せば、帰国までの旅費はあっという間かもしれないと計算していた。
「それなら、丁度良い。二人が今日稼いだ倍の額を私が支払うから、超一等地のうちの店の前で今日の芸をもう一度やってくれないかね?」
「「倍!?」」
カズマとアンは驚いて目を合わせるのであった。
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