第86話 剣闘場見物
カズマとアンは超一等地で店を出している店主の誘いに乗って、この日稼いだ倍の報酬で引き受けるかどうか迷っていた。
店主の話では、引き受けるなら明日の朝一番に、超一等地に来てくれとの事だ。
目的があまりわからないので悩むところであったが、その心配も隣で営業していた行商の男が、店主が誘った理由を簡単に説明してくれた。
「簡単な話さ。今日の俺はあんたら二人の集客に便乗して、いつもの稼ぎより二倍以上稼がせてもらったからな。それを超一等地でやってみればわかるぜ? さすがに俺のように二倍とはいかないだろうが、数割増しで稼いでみな。あんたらに支払う報酬なんて小遣い程度のものさ」
行商人は悪びれる事なく、カズマとアンに便乗して稼いだ事を打ち明けて教えてくれた。
「なるほど、そういう事か。つい裏があるのかと勘ぐってました」
カズマは警戒して肝心の部分を忘れていたのであったが、この行商人の言葉に大いに納得する。
「この場所は隣人が稼げば、相乗効果で他の店主も稼げるからな。あんたらのお陰で俺も過去一番で儲けられた。ありがとよ!」
行商人はニヤリと笑うと商品が無くなった自分の店じまいをして、早々に立ち去るのであった。
「明日倍の額を貰えるなら早々にここを発てるんじゃないかな」
カズマは乗り気だ。
アンもそんなカズマに賛同すると、翌朝また、朝一番で剣闘場前広場の超一等地に赴くのであった。
「お! 来てくれたか! という事は引き受けてくれるんだな?」
店主は前日同様、超一等地のくじを引いて場所を確保しており、丁度お店の準備をしている最中であった。
「よろしくお願いします」
カズマはアンはお辞儀をすると、すぐに店主と今日一日の営業のやり方について打ち合わせを行った。
店主の名は、カセルギー商会のカセルギー会長本人なのだという。
本店の方は息子に任せていて、自分が毎回ここで本店以上に稼いでいるのだとか。
だが、ここは人気商売で客入りも変わってくる土地なので、稼げるのは今だけだと思っているらしい。
ただ、稼げるうちは居座ると笑って答えていた。
そして、カズマとアンの役割だが、開店と同時にお店の前で芸をしてもらうのはもちろんだが、集客出来たらその間は休んでいていいらしい。
カセルギー会長曰く、
「開店時、昼前、昼過ぎの客が減る時間帯に集客してくれればいいぞ」
との事だった。
それで前日稼いだ倍の金額を貰えるのなら、儲けものだろう。
カズマとアンは自分達の役割を確認すると、すぐに準備に入るのであった。
店主カセルギー会長の狙い通り、カズマとアンの芸は、すぐに客引きの役割を果たす事が出来た。
他の超一等地のお店よりもあっという間に人だかりが出来て、カズマがカセルギー製の商品を宣伝する。
商品は主に剣闘場で活躍する剣闘士への差し入れ用の武器や装備などの他に、花、食べ物などであった。
どれも高額なものが多いが、品質はこれまでの実績がものを言う。
「さあさあ、買った買った! こちらの剣は昨日勝利した人気の女性仮面剣闘士アンがまさに使用したものだよ! 縁起が良いものを贈らないって選択肢はないよ!」
カズマがそう口上を並べていると、手にした木の的に、アンが投げた投げナイフが突き刺さっていく。
「この投げナイフも先日勝利した剣闘士が使用していたものと同じだよ! 実績がある物を意中の剣闘士に贈れば喜ばれる事請け合いだよ!」
カズマは初めてとは思えない口の達者さでカセルギー製商品を宣伝するのであった。
そのお陰か、カセルギー商会のお店は、客足がほとんど絶えることなく、続々と商品が売れていく。
やはり人気はアンと同じ名前の女性仮面剣闘士アンへの贈り物で、高いものでは金貨一枚(約百万円)もする高級な胸当てが売れていたし、剣や槍なども高いものがどんどん売れていた。
それにしてもアンと同じ名前の剣闘士か、ちょっと見てみたいなぁ。
カズマは隣で大道芸で客引きをするアンを眺めながらそんな事を考える。
「二人共、ご苦労さん。昼時は休んでいていいぞ。そうだ、剣闘場で試合を観てくるのもいいかもしれないな。食事はうちのを持っていけ、奢りだ」
カセルギー会長は二人のお陰で客入りが良いのか、ホクホク顔で剣闘場の入場許可証を二枚渡す。
「いいんですか? 確かに一度は観てみたいとは思っていましたが……」
「なら丁度いい。お姉さんと一緒に楽しんできな。この許可証なら剣闘士の控室までいけるから、会いたい剣闘士がいたら、見てくるといいぞ」
カセルギー会長はそう言うと、二人を休憩に送り出すのであった。
アンは帝都の剣闘場からデビュー戦で脱走するまでの一年間、過酷な特訓を受けていたから、観るのも嫌かなとカズマは脳裏を過ぎったのだが意外にそうでもなかった。
「やるのは嫌だけど、観る分には問題無いわよ」
とアンはあっけらかんとしている。
剣闘場内は意外に人が空いていた。
丁度、お昼時だからお客が食事をできるように、人気の試合は組んでいないのだ。
だから丁度、この日にデビューする新人剣闘士の試合が組まれていた。
対戦相手は年老いた犯罪奴隷である。
当然ながら、新人剣闘士は上から下まで完全装備で、それに対する犯罪奴隷は、粗末な布の服にぼろい中古の剣一本だけだ。
これは新人に花を持たせる為に組まれた試合で、人を殺す感覚を覚えさせる儀式のようなものである。
観戦席に少しだけいる客が、
「新人、パパッと終わらせてみろ!」
という声援が聞こえてきた。
だが、その試合は意外な展開で幕を閉じる。
犯罪奴隷が新人相手に勝利したのだ。
犯罪奴隷は新人剣闘士に止めを刺そうとしたが、試合終了が告げられると同時に、警備員達が詰め寄って来て、それを阻む。
年老いた犯罪奴隷は、それでようやく自分が死なずに済んだと安心したのか、新人剣闘士から取り上げた剣を警備員に渡して手を挙げる。
当然ながら新人が勝利するのを待っていた少ない観客からは、ブーイングだったが年老いた犯罪奴隷は手錠をその場で付け直されると控室に連行されて行くのであった。
「さっきの年老いた犯罪奴隷剣闘士の動き、気にならない……?」
カズマは年老いた犯罪奴隷のぎこちない動きから、負けを想像していたのだが、新人剣闘士から剣を奪った動きだけ、あまりにスムーズだったのでそれだけが気になっていた。
「カズマも? 私も気になった。あれって私が経験した剣闘士の動きじゃないんだよね。それにあそこだけ、訓練された動きに見えたわ」
「だよね? それも僕達が知っている王国側の剣技の流派っぽい気がした。僕達と同じようにこちら側に連れてこられた人なのかも……」
「それなら、確認に行ってみましょう。この許可証なら剣闘士の控室も見に行けるのでしょ?」
アンが賛同してくれたので二人は同じ王国出身の人間なのか確認する為に、関係者以外立ち入り禁止の控室に向かうのであった。
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