第87話 女性仮面剣闘士

 カズマとアンは店主であり商会会長であるカセルギーから拝借した許可証を持って剣闘場の舞台裏の見物をする事にした。


 一番の目的は、今日デビューの新人剣闘士に勝ってしまった老いた剣闘士の様子を見る為であったが。


 二人は関係者出入り口で許可証を見せて中に通してもらうと、そこは犯罪奴隷ばかりが集められている地下である。


 薄暗くあまり清潔とは言えない階段を下りていった。


 すると、そこから一転して、地下は綺麗に掃除が行き届き、清潔感が保たれている。


 そして、先程の老いた剣闘士を祝福して地下は喝采に包まれていた。


「でかした、じーさん! これで命が繋がったな!」


「冷や冷やしたよ。でも、無事でよかった!」


「それにしても、ついてたな! 無敗の女性仮面剣闘士、アンさんのアドバイス通りにしたら、あっさり勝利しちまいやがったぜ!」


 勝利した老いた剣闘士を囲んで、他の犯罪奴隷剣闘士達が首輪、足枷をされた状態で安堵する様子が窺えた。


「うん? ──みんな、お客さんだ。失礼が無いように並ぶんだ」


 カズマとアンの姿に気づいた犯罪奴隷剣闘士の一人が仲間に注意して、まとめて入れられている牢屋内で整列する。


「あ、すみません、お気遣いなく。先程、そちらの方の勝利する姿を見て気になって見学に来ました。あの剣を奪う立ち回りは見事でしたが、今の話だと女性仮面剣闘士さんから教わった技という事ですか?」


「……え、ええ。このじーさん、ここに連れてこられて日が浅く戦い方も知らないのに、新人剣闘士の血祭デビュー戦なんかを組まれちまって……。それを不憫に感じた無敗を誇る女性仮面剣闘士のアンさんがじーさんにさっきの技を伝授してくれたというわけです。それが見事にハマって俺達も驚いているところです」


 犯罪奴隷剣闘士達はカズマとアンが若いとはいえ、ここに出入りできるという事は何かしら権力を持っていると思ったのだろう、軽んじる事なく丁寧に応じた。


 さっきから、アンの名前を連呼されているカズマの幼馴染のアンは自分の事ではないとわかっていても、ムズムズしていた。


「実に見事でした。──あの技の流派から思ったのですが、もしかしてその女性仮面剣闘士さんって、隣国アルストラ王国出身の方ですか?」


 カズマは自然な流れのつもりで出身国を聞いたのだが、犯罪奴隷剣闘士達は出身国を聞かれて一瞬緊張が走った。


「……さあ、出身国がどこかわからないですね。なにしろアンさんは今やこの街一の人気剣闘士。個人情報は非公開にされているから、俺達が知るわけないですよ」


 犯罪奴隷剣闘士は、下手な事を言わないように慎重に答える。


 どうやら、女性仮面剣闘士アンの情報はとても貴重らしい。


 ファンも多いようだから、それはわかる気はした。


 そうなると、もしかして名前も偽名なのか?


 カズマはそう推察すると、他の質問をする事にした。


「みなさんはどこ出身なんですか?」


「ここにいる奴のほとんどは、じーさんも含めてアルストラ王国出身ばかりかな。一年前から急激に増えていますよ。俺はこの国出身ですが」


 犯罪奴隷剣闘士は自分達の個人情報はどうでもいいのか、普通に話し始めた。


「……それって、帝国のアルストラ王国侵攻時に連行されてきた人達って事ですか?」


「……みたいですよ。こいつらのほとんどは、この国に強制連行されてきて、各地の農場に小作人として働かされていたらしいんだが、食うのに困って食べ物を盗んだら、その理由だけで犯罪奴隷として剣闘士ギルドに売り飛ばされた者が沢山います。じーさんなんて、お腹を空かせた孫の為に半切れのパンを一つ盗ったって事で、ろくな練習もさせずに新人剣闘士のデビューの相手させられてここで死ぬところだったんですよ?」


 犯罪奴隷剣闘士は、みんなが言えない不満を口にした。


 この中では一番強そうだ。


 きっと失言で報復試合を組まれても自分の力で生き残る自信が多少はあるのだろう、堂々としている様子からもそう感じた。


「……そんな事が……」


 カズマも理不尽な扱いで鉱山行きになり、死にかけた身としては、同情せざるを得ない。


 だが、全員を助けるというのは無理な相談だから、何も言えずに言葉に詰まった。


「まあ、苦しんで死ぬ鉱山行きになるよりは、剣で斬られて死ぬ方がまだ、マシなのかもしれないですけどね」


 犯罪奴隷剣闘士が自嘲めいた言い方で言葉を漏らした。


「あの。女性仮面剣闘士さんはここにはいないんですか?」


 アンが同名で気になっている剣闘士の事を聞く。


「アンさんは、今日の大トリの試合を控えているから、八百長防止の為にすでに試合前の前室で待機していますよ。ここは試合終了後の控室。全試合が終わったら、一緒に馬車に乗せられて各剣闘士ギルドの家まで帰るんです」


 女性仮面剣闘士アンに関わる質問だが、内容自体は公表されているもので秘匿が必要なものではないので、素直に教えてくれた。


「一目見てみたかったけど、試合が終わらないと会えないのかぁ」


 カズマは残念そうにアンと視線を交わす。


 その女性仮面剣闘士にも興味が俄然沸いたのだが、一目見るには試合を観るか試合後またここに来るしかないようだ。


 しかし、さすがにこっちは許可証を借りて見学に来た身であったから、再度訪れる事はないだろう。


 試合くらいは観たいところではあるが……。


「関係者でも彼女に会えるのは同じ犯罪奴隷剣闘士仲間か所属する剣闘士ギルド『竜牙』の関係者くらいですよ。それくらい今、アンさんは注目の的になっていますからね」


 犯罪奴隷剣闘士の不用意な言葉で大体カズマも理解した。


 女性仮面剣闘士は、犯罪奴隷であり、アルストラ王国出身者という事がである。


 そして、あくまで可能性の一つだが、その女性仮面剣闘士が母セイラであるかもしれないと、アンと二人視線を交わし力強く頷き合い、希望を持つのであった。

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