第77話 盗賊団対領兵隊の攻防

 カズマは不眠不休でシアン男爵領へと戻った。


 それも、ゴーストサムライの能力『ブシハクワネドタカヨウジ』があるからの芸当であったが、本来馬車なら一週間かかる高低差の激しい峠越えの道を、丸一日で往復する『霊体化』との相互作用はカズマにとって最強の武器の一つである。


「あ! ……カズマ、もう大丈夫なの?(どうだった? 会えた?)」


 アンは『霊体化』を解いて目の前に現れたカズマに一瞬驚くのであったが、すぐにそれを誤魔化し、盗聴を恐れて筆談する。


「もう、大丈夫だと思う。ここのソファーの寝心地いいね。すっかり病気も治ったみたいだよ(アイスホークさんに会えてお礼も言えたよ。そして、こちらのお願い通り動いてくれるみたい。あとは時間稼ぎだけだよ)」


 カズマはこの二日間、病気で寝込んでいるという理由で寝室の寝床を避け、リビングのソファーで寝ていた事になっている。


 理由は、寝室には覗き穴があるからだ。


 食事はアンが、カズマの分の病人食も食べて誤魔化していたし、盗聴もスキル『旅芸人』の能力を発揮して一人二役を時折演じてなんとかなっていたようである。


 カズマは、部屋に戻ってくる前に、シアン男爵と討伐隊の準備がどれほど進んだかも確認したが、予定通り、三日で準備が終えそうであった。


「そう言えば、盗賊団の討伐はどうなっているのかなぁ?(最低でもあと五日は盗賊団には頑張ってもらわないといけないよ)」


 カズマは病気明けで何も知らないフリをしてそうつぶやき、アンと筆談する。


「準備は順調に且つ、慎重に進んでいるみたいよ。私達は盗賊団が滅ぼされるのを待つだけ(了解。何か策はあるの?)」


「僕達も同行するのかな?(とりあえず、盗賊団に討伐隊が出る事を伝えて来るよ)」


「ここで待機だって(気を付けてね?)」


「わかった!(うん)」


 カズマは頷くと、まだ休むことなく、武器収納から音もなく脇差しを取り出すと、お腹に突き刺し『霊体化』して消えるのであった。



 シアン男爵は討伐隊を見送っていた。


 盗賊団討伐は領兵隊長に任せて自分は高みの見物という事らしい。


 討伐隊の数は、総勢百二十。(うち二十名は領民)


 対する盗賊団は約五十。


 約二倍の数だから安心と言いたいところだが、敵の本拠地を攻めるという立場だから案外苦戦はあるかもしれない。


 というかカズマが街道を見張っていた盗賊に直接、「討伐隊が明日、攻めて来るよ」と知らせていたから、盗賊団も迎え撃つ準備は整えているはずだ。


 当初、子供であるカズマからの知らせだったから、見張りの盗賊も子供の戯言と信じ、追い払おうとしていたが、カズマが偶然見かけたという事を前提に、「領兵のおじさん達が、盗賊団の本拠地がわかったから、あいつらの命も明日までだ!って、息巻いていたよ?」と告げると、見張りの盗賊達は目を見合わせて、馬を本拠地に走らせたから、大丈夫だろう。


 驚いたのは、その見張りの盗賊が、「ボウズ、それが本当ならここにはもう近づくな。巻き込まれるからな。うちへ帰れ!」と、カズマの身を心配してくれた事だ。


 どうやら、荒くれ者ばかりが集まるただの無法者集団ではないらしい。


 カズマはその事で少し罪悪感を覚えるのであったが、盗賊の言う事に従ってその場をあとにしたのであった。



 そして、当日の朝。


 領兵と糧秣を運ぶ為に雇われた領民を合わせた百二十は夜明けと共に、領都を発ち、盗賊団のアジトがある山へと向かう。


 カズマはそれを『霊体化』で確認する。


「いよいよでござる……」


 カズマは盗賊団の粘りに期待した。


 領兵隊百二十は山に徒歩で入ると、アンが占ったざっくりとした場所に向かって進む。


 山中には盗賊団が仕掛けた罠が無数にあり、正式なルート以外を進むとその罠に引っ掛かり負傷する者が続出した。


 領兵隊はこれだけでも、音を上げそうなものだが、罠があるという事は、盗賊団の拠点がある証拠と捉え、奥に進む。


 それに、領主であるシアン男爵からは、討伐して例の家宝を奪い返すまで戻るなと厳命されている。


 だから、領兵隊も必死であった。


 慎重にだが確実に、領兵隊は罠を解除しながら進むようになり、罠の効果も無くなっていく。


 だが、カズマ達にとってはそれが良い時間稼ぎになった。


 盗賊団の拠点まで丸一日を要すことになったからだ。


 領兵隊はその盗賊団の本拠地と思しき柵に覆われた小さい砦を半包囲してその日は夜を迎えた。


 カズマはその夜に糧秣のあるテントに忍び込み、火を付けて『霊体化』で逃げていく。


 領兵隊に恨みはないが、これも時間稼ぎの為である。


 糧秣は領兵達百二十名の三日分しか用意されていなかったから、大した被害ではないが、領兵隊にしたら、当然士気は下がる。


「見張りは、何をしてたんだ!」


「食料の管理もどうなってたんだよ! これじゃあ、身に着けていた携帯食一日分を大事に食べても二日持たないぞ!」


「こんな山中で敵を前に、どうしろと!」


「一旦引き返すべきでないか!?」


 領兵達からすでに不満が上がり始めていた。


 領兵隊長はそれを怒り、宥め、叱咤するしかない。


「こちらの情報が、漏れているのではないか……」


 領兵隊長は今回の作戦は、盗賊団のアジトを特定した事から勝利を確信していたのだが、盗賊団が万全の体制で迎え撃つ姿勢を取っていたのでそれを疑っていた。


 もちろん、糧秣の運搬役である領民達には、再度、領都から運び込むように、夜にも拘らず、数名の領兵を付けて送り出したから、明日の夜までには食料問題はすぐ解決するはずだ。


 しかし、内部に盗賊団の仲間がいる可能性を考えると、


「……私のクビをかけて撤退するしかないかもしれない……」


 と最悪の場合を想定して領兵隊長は溜息を吐くのであった。



 翌日、士気が上がらない領兵隊は、盗賊団の砦に攻撃を仕掛けた。


 砦の出入り口に領兵隊が盾を構えて肉薄する。


 しかし、盗賊団の士気は高く、柵の上から矢を射かけ、中には下級魔法を使う者もいて領兵隊が密集するところにぶつけるから、混乱するのもすぐであった。


「熱っ! 誰か消火を!」


 火だるまになる領兵に数名が盾を放り投げ、抱き着いて消火する姿が見られるが、盗賊団はそこに矢を射かけてさらに負傷させていく。


 こうして数で優りながら士気が低い領兵隊は、半日の攻防の末、この日は一時引くしかないのであった。

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