第76話 恩人との再会
シアン男爵領から東の街道を峠を越えるなどの道のりを、一週間ほどかけて馬車で進むと帝都がある。
そんな近いところに領地を持つシアン男爵の先祖は帝室から剣を下賜される程の評価をされ、当時の皇帝からとても気に入られていた貴族であった。
しかし、今はどのような評価をされているのかは、わからないところである。
カズマはそんな一週間かかる道のりを一日で踏破していた。
当然ながら『霊体化』駆使してである。
シアン男爵領から帝都まで一週間とはいえ、それは山や峠などを無視して直行できれば、馬車なら四日で行ける距離だ。
ならば、カズマが『霊体化』で無理をして飛ばせば一日の距離である。
カズマがそんな無理をして急いでいるのは、シアン男爵の盗賊討伐隊の準備に三日かかるとの事だったからだ。
その間、カズマとアンは理由を付けて、屋敷に留め置かれている。
いわば軟禁だ。
家宝を取り戻せばよし、取り戻せなかったら責任の追及をカズマとアンにするつもりなのは盗み聞きしてわかっていた。
もちろん、取り戻せたとしても、シアン男爵はアンを強引に手に入れるつもりでいただろうから、結果は同じだろう。
だから、それに対して手を打とうとカズマが動いたのである。
それはアンを犯罪奴隷剣闘士という立場から脱走させる手引きしてくれたアイスホークとの接触であった。
アイスホークは帝国の百人隊長を務める軍人で二人の心配をしてくれていた人物だ。
帝都に彼としか接点のある人物がいないという事が一番の理由であったが、そのアイスホークに手柄を渡す為でもある。
それは帝室より貴族に下賜された『宝刀』が闇市場に流出しようとしていたのをアイスホークが未然に防ぎ、それを帝室に献上するという役目だ。
もちろん、それはカズマが盗賊より奪い返した例のシアン男爵家の『刀』の事である。
カズマはアンから教えてもらった住所に行くと、アイスホークの部屋のある居住区に到着して扉をノックした。
「はーい」
奥でバタバタと音がすると、扉が開く。
「どちら様……、って、確か君は……、あの時の少年か!?」
少し痩せてしまっていて当時の可愛らしい感じが少し無くなっていたので、一瞬カズマだとわからなかったが、次の瞬間にはすぐ気づいた。
「こんにちは」
「入れ!」
アイスホークは外を警戒するとすぐにカズマは部屋に通す。
「アンを助けてくれてありがとうございます。お陰でまた、再会する事ができました」
カズマは室内に通されると、まずは感謝の言葉を口にした。
「無事でよかった。いや、その様子を見るとギリギリの状態だったんだろう事はわかる。……アンも無事なんだな?」
アイスホークは痩せているカズマの様子を見て鉱山奴隷の過酷さの一端を想像出来た様子だ。
「今日は、お礼とその為のご相談がありまして──」
カズマはそう言うとシアン男爵についてと現状を簡単に説明、お礼も兼ねて一計を用意したので協力をお願いした。
「──それは、時間との勝負だな……。わかった、うちの上官である将軍閣下にすぐ面会を求めよう。緊急だと伝えればすぐに会ってくれるだろうし、なにより信用出来る方だ」
アイスホークはそう言うと、カズマから例の『宝刀』を受け取って、立ち上がる。
そして、将軍の屋敷へと直行する。
カズマを外で待たせておくと、夕方にも拘らず、将軍はアイスホークに面会してくれた。
しばらくすると早馬が屋敷から飛び出していき、あとからアイスホークも屋敷から出て来る。
屋敷の外の通りの反対側で待っていたカズマの下に駆け付けて、カズマの策が当たった事を伝えた。
「将軍に帝室の紋章が入った『宝刀』が売りに出されようとしていたので未然に防いだと伝えたら、すぐに確認の早馬を出してくれたよ。カズマの狙い通り私の手柄として将軍も皇帝陛下に報告してくれるそうだ。将軍は怒っていたよ。下賜された宝刀を裏市場で売ろとする愚か者がいるとは、と」
アイスホークカズマの考え通りの展開に感心すると同時、状況を説明した。
「これで安心しました。僕は一足先に戻りますね」
カズマはすでに暗くなってきている空を仰ぎ見て、帰る事を伝える。
「おいおい、こんな時間に帝都を出ても危険なだけだぞ?」
「それは大丈夫です。それに、僕はあっちでは病気で寝込んでいる事になっているで、早く戻らないとアンが大変なので」
カズマは笑って応じる。
「しかし、お前の腕が立つのはわかっているが、やはり──」
「本当に大丈夫ですよ。それより、シアン男爵捕縛の兵はアイスホークさんがお願いしますね」
「それはもちろんだ。将軍閣下にもその事はすでに申し上げている。閣下も俺に手柄を立てさせる事に異論はないらしいしな」
アイスホークはきっと将軍に気に入られているのだろう。
だが、直属の上司はカズマとアンを犯罪奴隷として売り飛ばした千人隊長だから、アイスホークの戦場での手柄は千人隊長がかすめ取っていたであろう事は容易に想像がつく。
カズマの目から見て、アイスホークはひとかどの人物だとすぐわかるからだ。
そんなアイスホークに手柄を立てさせ、直属の部下にする理由作りが舞い込んできたと将軍が考えただろう事もカズマは想像できたのであった。
「それでは僕は、行きます」
カズマが自分の説得に応じず帰る素振りを見せるので、アイスホークは手持ちのお金を全てカズマに渡す。
「少ないが旅費に使ってくれ。それでは、また会おう」
アイスホークはそう言うと、カズマを送り出す。
カズマは路地裏に入る角を曲がっていくので、
「おい、そっちは遠回りだぞ!」
とアイスホークはカズマを追いかけていく。
だが、角を曲がったその先に、カズマの背中はすでにないのであった。
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