第18話 死線
領都の城門までの道の途中、そこは森の中でランスロットは馬を走らせていた。
その道の真ん中を、一人の男がゆっくり歩いていた。
父ランスロットはそれを確認して馬の速度を緩める。
接触したら相手が危険だからだ。
「うん?違ったか……。気配が似ていたからもしや運命かと思ったのだが……。──そこの馬上の方、名のある人物と見たがどなたですかな?」
道の真ん中を歩く男は、近づいて来る馬上の男、ランスロットに声を掛けた。
「人の名を聞くなら、まず自分から名乗るのが道理ですぞ?」
ランスロットは、何か嫌なものをこの男から感じて、馬の足を止める事無く近づいていく。
「ははは。これは失礼した。我は旅の武芸者で名は、サシムと申す。剣を磨く為に各地を転々としておってな。そちらに懐かしさと強い者の気配を感じて思わず声を掛けてしまった。もしやあなたがランスロット・ナイツラウンド殿ですかな?」
サシムと名乗った男は、愛想よく答えると馬上の人をランスロットと予想して聞いた。
「確かに、私はランスロットですが、お会いした事はないはず……。どこかで私を見かけた事でもありましたか?」
ランスロットは自分の名前を知っている男に疑問を持ちつつ、男の横で馬を止めた。
その瞬間であった。
男は、問答無用で腰に佩いてあった剣を抜き、ランスロットに斬り付けた。
「!」
不意を突かれて驚くランスロット。
「お父さん!危ない!」
ランスロットの頭上から、声がしたと思ったら、脇差しを握ったカズマが降ってきた。
サシムと名乗った男の剣と、カズマの脇差しが交錯して火花を上げた。
「小僧、どこから現れた!?」
サシムは、不意を突いた会心の一振りでランスロットを仕留める寸前であったのに、文字通り思わぬ伏兵のカズマにそれを防がれた。
カズマは交錯した一撃の反動で父ランスロットの懐に吹き飛ばされ、そのまま抱き留められた。
「カズマ!あの男はもしや!?」
父ランスロットは、馬腹を蹴って馬を走らせながら抱き留めたカズマに聞く。
「お母さんを狙った武芸者だよ!」
「なんと!?」
ランスロットは、その事実を知ると思わず馬を止めた。
妻を斬った相手とあっては、夫である自分が背中を見せて逃げるわけにはいかない。
「カズマは、お母さんのところまで、応援を呼びに行ってくれ。お父さんはここであの男を捕らえる。──いや、足止めか」
ランスロットは、サシムと名乗る剣豪の斬撃に不意打ちとはいえ反応できなかった事で、わずかに自分の方が剣の腕で劣る可能性が高い。
だから、捕縛するのは無理かもしれないと思い、言い直した。
「でも、お父さん!」
カズマが危険を感じて、言い募る。
「いけ!早く、みんなを呼んで来い。お前ならすぐだ」
父ランスロットは、カズマの耳元で小声で告げる。
「う……、うん」
カズマは父ランスロットの気迫に押されて返事をするとその場で脇差しをお腹に突き立て姿を消した。
「何と面妖な……。今度こそ逃がすつもりはなかったのだが、姿を消されては斬り捨てる事もできないな」
武芸者サシムは、カズマが消えた事に唖然としてそうつぶやいた。
「どうやら、子供も平気で斬る下種なのは本当のようだ」
ランスロットは馬から降りると剣を抜き放ち、サシムに向き直った。
「子供とて、数年も経てば脅威になりうるからな。敵と思えば斬る事に躊躇などしない。それにしても、あの小僧、どういう仕掛けかわからんが、援軍を呼びに行ったのであれば、あまり時間が無いようだ。とっとと終わらせようか」
武芸者サシムは不敵な笑みを浮かべると、剣を構える。
「一つ聞くが、お前はどこの刺客だ?」
ランスロットは駄目元で雇い主を聞いた。
前日の襲撃に続いてであるから、少しでも情報が欲しかった。
「お主らには懸賞金がかかっている。我は金に大した興味は無いが、元王国騎士団団長、副団長という名のある武人を斬った上に金も貰えるとあっては話が別。──我の剣の腕を磨く為の肥やしになれ」
武芸者サシムは質問に対して雇い主については明かさずそう答えると、ランスロットに斬りかかった。
その斬撃は鋭く、息子カズマの筋に似ている気がした。
ランスロットはだからこそ、その斬撃の軌道が予測出来たので寸でのところで反応して躱した。
「ほう……。仕留めるつもりで斬ったのだが、女の方を斬った時より動きが早いな」
武芸者サシムは、セイラを斬った時を思い出すように言う。
いや、これも駆け引きだろう。
妻を斬られた事をネタにされて夫であるランスロットの心を揺さぶる作戦だ。
「うちの妻に一太刀浴びせたくらいで調子に乗るなよ?聞けば不意打ちや、言葉での駆け引きと、卑怯なやり口でしか勝てる見込みがなかったんだろう?」
ランスロットは冷静だ。
逆に自分の方が相手の見えない傷を抉ろうと仕掛けた。
「ふっ。武芸者にとって、勝利が全てにおいて勝る。兵法とはそういうものよ」
武芸者サシムの言う事はもっともだ。
ランスロットも勝つ為なら敵とみなした相手には奇襲などの駆け引きもやる人間だ。
そうやって、当時の団長であるセイラを補佐してきた。
「なるほど。もっともな答えだな」
ランスロットは、そう答えると、今度はこちらから斬りかかった。
サシムはそれを剣で受け流す。
数合剣を交え、鍔迫り合いになった時であった。
「今だ!」
ランスロットが誰に言うでもなくそう叫んだ瞬間である。
武芸者サシムの背後に『霊体化』を解いたカズマが突然現れた。
そして、手にしている脇差しを武芸者サシムの左の太ももに突き立てる。
「な、なんだとー!?」
武芸者サシムは、ここにいないはずのカズマの登場と、思わぬ負傷に叫びを上げた。
「援軍までの時間を気にした貴様はもう冷静ではなかったんだよ。だからカズマが救援を呼びに行ったと思い込んで疑わなかった。その時点でこちらの勝ちは十中八九決まっていたのさ」
ランスロットは負傷して痛みに膝を突く武芸者サシムの首元に剣を向けながらそう指摘した。
「……ではあの時、援軍を呼ばせに行く前に!?」
「そういう事だ。『合図を待て』と、息子には耳打ちしておいた」
ランスロットはそう答えると、カズマに後ろを見るように促す。
「?」
カズマが背後を見ると同時に、ランスロットは武芸者サシムの命乞いを待たずに、首を斬って止めを刺す。
そして、その遺骸に言い放った。
「ナイツラウンド家の男達を舐め過ぎたのがお前の敗因だ」
と。
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