第17話  優しい人々

 襲撃から一夜明け、ナイツラウンド家の被害状況がはっきりとしてきた。


 もちろん、母セイラ、そしてカズマには怪我一つない。


 母セイラが怪我一つないのはおかしな話だが、襲撃犯を各個撃破できた事で、怪我を負うような危機は訪れなかったのだ。


 それにしても母セイラの戦いっぷりは、この世界で実戦が乏しいカズマにとってとても参考になった。


 刀と剣との戦い方ではまるで違うのだ。


 刀は引き切るというのが基本で切れ味がとても良い。


 だから、鎧の隙間を狙って切る。


 そうでないと鎧の上からだと刃こぼれの原因になる程、耐久性で劣るからだ。


 剣は刀に比べて切れ味に頼っておらず、基本は突きで鎧の隙間を狙ったり、鎧ごと敵を叩き切る事が出来る程の耐久性がある。


 母セイラはその特徴通り、突き刺し、時には力尽くで剣を叩き折る程荒々しく振るって見せたりと剣の特徴を駆使した戦い方であった。


 カズマはこれから、そういう相手と戦う事になるだろうから、とても参考になる。


 だが今はそんな事を考えている場合ではなかった。


 目の前の惨劇に母セイラは溜息を吐いていた。


「ベッドはズタズタに刻まれているし、棚は破壊されているし、壁に穴は開いているし、地下以外ほとんど滅茶苦茶だわ……」


 昨晩の鬼神のような戦いぶりが嘘のように母セイラはがっくりと肩を落とす。


「今日からどうしよう、お母さん」


 カズマも散々な状態の室内を確認して、朝から憂鬱な気分だ。


「仕方ないわ。使えるもの以外は外に出しましょう」


 母セイラは息子の前で暗い顔は出来ないと思ったのか、気を取り直すとそう答えた。


 そこへ、領兵や近所の住人もやってくる。


 幼馴染のアンも手伝いに駆け付けてくれた。


「大変だったね、セイラさん」


「うちで手伝える事あったら、いくらでも手伝いますよ!」


「おばさん、元気出して。朝食まだでしょ?二人の分持って来たから食べて」


 みんな同情的で理解を示してくれた。


 父ランスロット・ナイツラウンドは領兵隊長だから、こういう物騒な事もあるだろうと思っていたようだ。


「それにしても物騒な世の中になってきたな。領外では戦も頻繁に起きていると言うし、うちらもそろそろ腹を括らないといけないかもしれない」


 近所住人の男性が一人、そう口にした。


 それは徴兵の事だ。


 戦になれば、駆り出される事になる。


 普段の治安維持や小さい争いごとは領兵隊に任せていられるが、戦は別だ。


 男手は必ず必要になる。


 もちろん、みな戦には行きたくないが、家族や土地、主である領主の為に戦わなければいけない事くらいわかっているのだ。


「俺達も剣の振り方くらい学んでおかないといけないな」


 男の発言に同意した他の男性が、壊れた棚を運び出しながら、そう漏らす。


 近所の住民の手伝いもあり、室内は片付けられた。


 そこにベッドはなく、机も椅子も壊されたから撤去され、家の中は何もないと結構広かったのだなと思う程何もない。


 そこへ、手伝い後一度、帰っていった近所の住人達が大工道具や机、椅子を持って戻ってきた。


「うちで使っていないものだが、今日はこれを使ってくれ」


「壊されたものは修理できそうなものもあるし、修理しておくぞ?」


「困った時はお互い様だからね」


 この近所の住人の優しさに母セイラは目頭が熱くなったのか、目元を覆いながらお礼を言う。


「ご親切にありがとうございます……!」


 自分達は元々は余所者であるから、どうしても普段遠慮して、あまり人に相談などできず、夫の留守を息子のカズマと一緒に守っていたから、セイラは感無量であった。


 いくら強いと言っても、やはり母親として気丈に振舞う事も多かったのだ。


「その代わり、たまに剣の振り方でも教えてくれ、強いんだろ?領兵が感心してたぞ。はははっ!」


 近所の男性一人が、そう言って笑う。


「そりゃいい!鍛えておけばもしもの時、みんなで集まって追い返せばいいしな!」


 他の男性も笑って応じると、その言葉に集まった住人達は笑いに包まれるのであった。



 翌日、父ランスロットが、領境から馬を走らせて自宅に戻ってきた。


 そこには、留守の番をするカズマと幼馴染のアンの二人だけがいる。


「カズマ無事か!?セイラはどうした!?」


「あ、お父さんお帰りなさい。大丈夫だよ。お母さんは領都の領兵待機場に昨日起きた襲撃の説明に行ってる」


「そうか……。無事なんだな?お前も無事でよかった……」


 ランスロットは、ホッとするとカズマを抱き寄せた。


「留守にしてすまなかった。──俺も待機場に顔を出してくるから大人しく待っててくれ」


 ランスロットはそう言うと、馬に跨り、領都の方に駆けていくのであった。


「……行っちゃった。アン、ごめん。僕も様子を見に行ってくるよ!」


 カズマは思いついたように、そう言いだした。


「え?セイラおばさんに、お留守番頼まれたでしょ?」


 アンは不満そうに注意する。


「すぐ戻って来るから!」


 カズマはそう答えると、武器収納から脇差しを取り出してハラキリすると『霊体化』し、父ランスロットの後を追いかけるのであった。

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