第19話 一件落着

 父ランスロットの機転とカズマの『ゴーストサムライ』能力により、母セイラも苦しめた格上の武芸者サシムを討ち取る事が出来た。


 カズマにとって、これもまた、実力差があっても立ち回りでその差を埋める事が出来た良い経験になった。


 カズマは当初、父ランスロットの「合図を待て」には、どうするか迷ったものだ。


 なにしろ相手は、母セイラでさえ苦戦し、下手をしたら破れていた相手である。


 父ランスロットも相当強いのは知っていた。


 しかし、本人も認めている事だが、母セイラに剣では一歩及ばない。


 だから、父ランスロットが斬られる可能性が高いと見ていたから、問答無用で救援を求めに行った方が良いのではないかと判断に迷ったのだ。


 だが、父ランスロットはカズマを信じ、その隙を突くタイミングを作った。


 カズマも武芸者サシムとの対峙で父ランスロットが何を狙っているのか途中で気づいたから、どうにか我慢できたが、あの時救援を求めにいっていたらと思うとぞっとする。


「よく、合図をちゃんと待っていたな、カズマ。偉いぞ。正直、父さんはあの時、カズマが待っていなかったらどうしようかとドキドキしたがな。はははっ!」


 父ランスロットはカズマを自分の前に乗せて馬上でそう大笑いするのであった。


「……あはは」


 カズマは苦笑する。


 それと同時に、


 疑ってごめんでござる、父上!


 と内心ござる口調で謝るのであった。



 父ランスロットが、領兵の待機場を訪れると、領境にいるはずの隊長の登場にちょっとした騒ぎになった。


「戻られましたか、隊長!」


「今、奥方から事情聴取を行っていたところです!」


「三名の拘束者は、現在、地下の牢屋に入れております!」


 留守の領兵達からも父ランスロットは慕われているようだ。


 そこに、母セイラが現れる。


 久し振りの夫婦の再会だ。


 二人は周囲の目を気にする事無く、抱き合った。


 さすがにこの時は息子のカズマも遠慮する。


 しばらく抱き合って、久し振りの再会を確認する二人であったが、母セイラが、


「?新しい血の匂いがするわ、カズマからも。よく見るとあなた、血を浴びているじゃない。どうしたの?」


 母セイラはそれで冷静になると、事情を聞いた。


 武芸者サシムを討ち取った事を、父ランスロットが知らせた。


「……あなた、もう無茶しないで。どれだけその武芸者が強いか伝えていたでしょ?」


 セイラが、カズマを抱き寄せながら、夫に呆れた。


「だからこそ、逃がすわけにはいかないと思ってな。それに、話は聞いていたから対策は出来ていた。それはセイラにも伝えていただろう」


「だから、今度こそは、私が斬るつもりだったのに……。カズマも危険な目に遭わせて駄目じゃない。……まあ、あなたらしいけど……」


 母セイラは夫の男らしさを感じつつ、口を尖らせて文句を言うのだったが、最後は褒めるのであった。


「隊長、捕縛した三名はどうしましょうか?」


 領兵はこのままいちゃつき始めそうな二人の間に入るように判断を促した。


「ごほん!──それは俺が直々に吐かせよう。──セイラ、カズマと一緒に家に戻っていてくれ。おい誰か数名、うちの近くの森の途中に死体を置いたままにしているから回収も頼む。あと、妻と息子も送り届けてくれ」


 父ランスロットは領兵隊長らしくテキパキと指示を出すと、セイラにキスをし、カズマの頭を撫でると「行ってくる」と告げて、部屋を後にするのであった。



 カズマと母セイラは家に戻る前に領都の通りで必要なものをいくつか買って行く事にした。


 送り届ける予定の領兵達もそれに従う。


 イヒトーダ伯爵領がいくら辺境の田舎領地とはいえ、領都はそれなりに栄えているから、欲しいものは大体揃う。


 貴族が求めるような高級な嗜好品の類などは揃わないものもあるだろうが、庶民には必要のないものであるから、大体のものはこの領都で揃うと言っていいかもしれない。


「そうだ、裁縫店で毛布も人数分買わないといけないわ」


 セイラは領兵隊長の妻としてささやかな特権を使用して、護衛為に付いて来ている領兵に荷物を持たせる。


 そして、自分はカズマの手を引いて歩く。


 向かう先は幼馴染であるアンの両親が経営する裁縫店だ。


 お店に到着すると、アンの両親はカズマとセイラを大歓迎した。


 いつもアンを見てもらっているからだ。


 そのアンもカズマ達が待機所で色々と対応して時間を過ごしている間にお店の方にやって来て、手伝いをしていた。


「あ、セイラおばさん、カズマ。もう、大丈夫?」


 アンが夕暮れ時の店内で二人を心配した。


 なにしろお店の外には領兵も待機している。


 改めて心配になるのであった。


「お母さんが、事情聴取していたからその帰りだよ」


 カズマはアンに簡潔に答えた。


 さすがに、さっき自分達を殺そうとした武芸者を実は刺したとは言えない。


 アンは森の道でカズマ達が倒したサシムの遺骸を見ていたから、急いで領都の城門傍の待機所に駆け付けたが、カズマ達がその遺骸の報告をしていたので、親のいるお店に先に来ていたが、詳しい事情は知らされていなかった。


「そう?」


 アンは年下なのにしっかりした受け答えをするこの弟のような存在に感心すればいいのか、呆れればいいのか反応に困るのであった。


 親同士は世間話をしながら、お勧めの毛布を広げて確認をしている。


 どうやら枕も買うようだ。


 そんな中、カズマはアンが気を遣って他人行儀になっているのを感じたので、


「もう、大丈夫だから」


 と、背中をポンと叩いた。


「もう……。カズマは七歳らしくない!」


 アンはそう言うと、カズマの背中を強めに叩き返す。


 だが、それをカズマは前かがみになって躱した。


「はははっ!残念!」


 カズマは空振りしたアンを茶化すと、追いかけるアンから走って店内を逃げ回るのであった。

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