第20話 訴状の行方

 カズマ達を襲撃した集団の雇い主が判明した。


 それは隣領のモブル子爵であった。


 このモブル子爵はアークサイ公爵の一派である。


 すぐにイヒトーダ伯爵は、モブル子爵にその罪を咎める抗議の手紙を送ると同時に、王都の王家に今回のモブル子爵の罪を追求する訴状を送った。


 モブル子爵からは知らぬ存ぜぬの無しの礫であったが、王家に訴状と共に、証拠となる捕縛した三名と護衛も送っているからそちらに期待した。


 王都は遠く片道一か月近くを擁するので、気長に待つしかなかったのだが、その一団から十日もしないうちにぱたりと連絡が来なくなる。


 行く先々で状況説明の手紙を送るように護衛である領兵に厳しく隊長であるランスロットは言い渡していたのだが、それが無くなったのだ。


 途中で何か起きたのは確かだろう。


 十日という事は、手紙がこちらに届く時間を考慮すると、五日目辺りに何か起きた事になる。


 五日目……。


 ランスロットは主君であるイヒトーダ伯爵と二人、城館で地図を広げて確認した。


 それまでの手紙では順調に街道を進んでいたようだから、五日目あたりだと通過していたところはアークサイ公爵派の勢力圏内だ。


「……検問所で拘束された可能性がありますね」


 ランスロットは領兵隊長として最悪の事態を口にした。


「まだ、十日だ。もう少し、様子を見てみよう。それとは別に王家には使者を出しておく事も忘れずにな」


「はい」


 イヒトーダ伯爵は最悪の状況を考慮して新たな使者を立てる事も忘れない。


 しかし、捕縛した襲撃犯がもし、あちらの手に渡ったとしたら実に痛い。


 証言を基にした供述書も一緒に持たせているから、証拠は全てあちらに渡ったかもしれないのだ。


 それからひと月、ふた月と経過したが、連絡は無く、念の為、新たな使者を何度出してもすぐに連絡が途絶えた。


「伯爵。これは完全にもみ消されていると考えた方がよいと思います」


 ランスロットは、使者に出した信頼のおける部下が一人も戻ってこない事からそう結論付けた。


「……そうだな。まさか、これほど、こちらを警戒しているとは……。北と東の領境はアークサイ公爵派の勢力圏。南はホーンム侯爵派の領地だから大丈夫だと思ったのが、そちらからの使者も駄目。西もどちらかと言うと、ホーンム侯爵派。王都に到達するまでにも両者の勢力圏を通過する事になる事を考えると、使者をこれ以上立てるのは絶望的か……」


「王都のある東が遠いですな……」


 ランスロットは、唇を嚙み締める。


 最早、自分達を狙ったモブル子爵の罪を追求する術は失われているが、それ以外の使者も全て連絡が取れないのは、イヒトーダ伯爵がどちらの勢力に与せず中立の立場をとっているからだろう。


 つまり、どちらの勢力からも敵視され始めたという事だ。


「王家に連絡を取る事は最早、不可能かもしれんな……。そうなると、他の中立派の諸侯に連絡を取りたいところだが、残念ながら周囲はどちらかの勢力圏内とあっては、それも難しいか……」


「伯爵、こうなったら自分が、使者として王都に向かいましょうか?」


 ランスロットは何人もの部下を失ったかもしれないから、責任を取って自分が行くべきだと考えた。


「馬鹿を申すな!お主がいるからこそ両勢力に対して抑止力になっているのだ。もちろん、お主の妻セイラ殿の存在もあるだろうが、二人がこの領地にいる事が大きいのだ。それを一人お主を使者に立てて送り出して見よ。奴らは自分の勢力圏でお主を好きなように料理できる事になる。それはもっとも危険な行為だ」


 イヒトーダ伯爵はランスロットの提案をもっともな理由で一蹴した。


「それではなす術もなくこちらは、どちらかに与する以外に決定しようがなくなります。……くそっ!包囲網を突破出来れば……!──あっ……!いや、しかし……」


 ランスロットは、この王都までの長い道のりを安全に突破出来そうな心当たりを思い出したが、それを口に出して良いものか迷った。


「どうした?何か宛てでもあるのか?」


 イヒトーダ伯爵も八方塞がりであったので、何でもいいから策があるなら聞きたかった。


「……いえ。今は何とも答えようがございません。少し、確認したいので、しばし時間を貰えますでしょうか?」


「?……わかった。その確認とやらが出来たら、もう一度、会議を行おう」


 イヒトーダ伯爵は急かす事なく、ランスロットのタイミングを待つ事にするのであった。



「──という事なのだが……。どうだカズマ、やれそうか?もちろん、無理な話だから断っていい」


 ランスロットはまだ七歳の息子に任せるには重大過ぎる任務を自宅の一室で説明した。


 母セイラもその話に耳を傾けている。


「……王都までの距離だけでも約一か月。そこに向かう途中の中立派諸侯にも手紙を届け、最終的に国王陛下に面会して、伯爵様の手紙を渡せばいいんだね?」


 カズマは父ランスロットの説明を確認するように復唱した。


「……そうだ。お前の『ゴーストサムライ』の『霊体化』があればそれも可能だと思うのだが、しかし、心配もある。『霊体化』の際に魔力を消耗する事がわかっているし、それにお前はまだ七歳だ。そんな子供にこんな重大な任務を任せるのは親として情けない限りだ。それに長旅に耐えられだけの体力があるかどうかもわからない」


 ランスロットは、いかに息子がしっかりしているとはいえ、子供であるだけに心配の点ばかりが気になっていた。


「……やるよ、お父さん。僕も役に立てるなら、協力するよ!」


 カズマは困難と思われる任務を承諾した。


『霊体化』が使えるようになってからは、長距離の移動についても、領地内で試していたから決して無理な事ではないのがわかっていたからだ。


 それに外の世界を見てみたいという事もある。


「本当に大丈夫か?お前はまだ、七歳だ。無理をしてしまったらどうしようも──」


 ランスロットは心配から、言い募ったが、それを遮るように、母セイラが話に割って入った。


「うちの息子はやる時はやる男よ。それはあなたが一番わかっているでしょ?それに危険になったら、『霊体化』して逃げればいいんですもの。大丈夫!」


 母セイラは夫の心配を否定して見せた。


 いつも一緒にカズマといる妻の言う事だ、ランスロットもそれ以上は否定的な事は何も言えなくなった。


「……わかった。それでは、カズマに使者を任せるという事で伯爵には話をしてみよう」


 ランスロットは、真剣な眼差しを息子に向けると、自分に言い聞かせるように頷くのであった。

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