第89話 休日の観戦

 カズマとアンは翌日、カセルギー商会会長の好意で貰った剣闘場の入場許可状を持って昼から剣闘士の試合観戦に行く事にした。


 その間、二人は宿屋を格安のところから、一つグレードアップした宿屋に移り、買い物もいくつかしておく。


 宿屋の移動は留守の間に泥棒に入られたからだ。


 もちろん、室内には取られていいものはほとんど無く、洗濯した服だけが室内に干されている状態であったのだが、アンの下着だけ盗まれていた事から宿屋を移動したのであった。


「もう、どこの変態よ!」


 アンは午前中は愚痴をこぼしっぱなしであったが、買い物をする事でご機嫌は治っていた。


 やはり、女性は買い物でストレスを発散するというのは本当でござるな……。


 カズマは買い物に付き合いながら内心で感想を漏らす。


 前世の幽霊時代、長い事戦国時代から現代まで色々なものを見て来ていたから、その中にそういう情報もあったのだ。


「買い物も済んだし、剣闘場に行ってみようか」


 カズマは機嫌がよくなったアンに提案すると、ようやく剣闘場に向かうのであった。



 剣闘場は昼過ぎという事で、人気剣闘士がメインとなる試合が組まれていた。


 と言っても、カズマは前日の老人剣闘士の試合以外観るのは初めてだから、その盛り上がりについていけない。


 一応、指定席なので試合もかなり近くで観られるのだが、あまり良さがわからなかった。


 アンもそれは同じのようで、


「女性仮面剣闘士の試合も無いから、つまらないね」


 と盛り上がりに欠ける試合に興味を持てない様子だ。


「それじゃあ、昨日みたいに控室側に回ってみる?」


 カズマは女仮面剣闘士の情報が何か掴めないかと期待して口にする。


「そうだね……。じゃあ、行ってみようか」


 アンはカズマの母セイラかもしれなかった可能性の低い剣闘士の情報を収集しに行く事に賛同するのであった。


 二人が前日と同じく控室に行くと、この日はなぜか厳戒態勢が敷かれているのか、警備が厳しくなっていた。


 控室の出入りができる許可状を警備に見せたが、身分証の提示を求められ、警備は他の者と確認後、却下される。


 却下の理由が、


「今、アンさんが来ているから、退室するまでは待ってくれ」


 というものであった。


 これには、カズマとアンは驚いて目を見合わせる。


 今日は試合が無いから来ていないと思っていたのだが、どうやら他の試合を見に来ていたようだ。


 カズマはアンに目配せすると、トイレに駆け込む。


 アンはカズマが何をするつもりなのかわかったのだろう、表で待つ事にした。


 カズマは個室に入ると、魔法収納から脇差しを抜き、お腹に突き刺す。


 そして『霊体化』したカズマは控え室へと向かうのであった。



 少し時間を遡った控室。


「……あの指定席に座っていた銀髪の子供は……!?」


 仮面を付け、頂き物である高級な服を着た女性は、控室の小窓から観客席の様子を窺っていたのだが、気になる容姿の子供を見つけて動揺していた。


 そして、何を思ったのか、急遽、飛び入りで試合に出ると、試合開催者に提案してちょっとした騒ぎになった。


「アン、落ち着け! 昨日試合をしたばかりだろう! 体調管理も剣闘士の仕事だ。今日はいつもの次回の対戦相手予定の偵察は止めて宿舎に戻るぞ」


 女性仮面剣闘士の雇い主、もとい買い主がアンが初めて見せる動揺に軽く驚きながら答えた。


「しかし! ──さっきの指定席に誰もいない!? ……幻だったのか?」


 アンという名前の剣闘士は小窓から再度ある確認の為に観客席を見て今度は落胆する。


「本当にどうしたんだ? 騒いだり、落ち込んだり、今日はお前本当におかしいぞ? 落ち着かないか!」


 買い主は当時、重傷で死にかけていた事からお買い得であったこの犯罪奴隷の剣闘士が、先程から落ち着きがない事に困惑するのであったが、前日試合をしたばかりで飛び入り試合なんかして怪我でもされると困るから止めた。


「……騒がせてすまなかった。どうやら私の気のせいだったみたい。──落ち着くから待ってくれるかしら」


 アン剣闘士は買い主や主催者にお詫びすると、深呼吸して自分を落ち着かせる。


 周囲は取り乱していたアンにまだ、驚いている様子だったが、落ち着いてきたので買い主も周囲に、


「うちのアンが、お騒がせしてすまない」


 とお詫びをして収拾に努めるのであった。



 そして、今、カズマは『霊体化』して控室にやって来ている。


 見たところ女性仮面剣闘士の姿が見えない。


 カズマは浮遊して壁をすり抜け、他の部屋も確認する。


 すると丁度、トイレが出て来る仮面の女性を発見した。


 手には枷をしている。


 やはり犯罪奴隷だというのは本当のようだ。


 髪は噂通り黒い長髪、目は金色である。


 髪の色さえ同じなら母セイラとスタイルも目の色も一緒だ。


 それを確認したカズマは、もしかして髪は染めているのではないか、と少し母セイラ生存説に期待を持った。


 それくらい姿形が似ている。


 仮面を取ってくれたら、はっきりするのに!


 とカズマは強く思った。


 その時である。


「二人とも生きていて……」


 とアン剣闘士の口から独り言が聞こえた。


 カズマは『霊体化』して傍に居たからギリギリ聞こえたが、他の者には全く聞こえていない様子だ。


「!」


 カズマは声が母セイラと同じである事、そして、その意味ありげな言葉に確信を得た。


 この人は母上でござる!


 カズマは今すぐにでも『霊体化』を解き、目の前の女仮面剣闘士、母セイラに自分の無事を知らせたかったが、周囲には関係者がいたから踏みとどまるのであった。

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