第9話 家族会議

 武芸者の男が森に逃げ去った後、カズマはすぐに馬を取りに戻り、立っているのが限界だった母セイラを乗せて、家まで急いで引き返した。


 家に緊急用のポーションや薬草、治癒魔法の巻物などが置いてあったからだ。


 意識が薄れそうな母セイラは血だらけのまま家に到着しベッドに横になると、息子のカズマを指示して治療をしてもらった。


 カズマは慌てる事無くその指示に従い、的確に動く。


 母セイラはその姿に安心したのか途中で気を失った。


 やはり、出血が多くギリギリの状態だったのだ。


 カズマはそこで初めて、意識を失った母セイラの姿に慌てたが、治療を優先し呼吸が落ち着いているのを確認すると、カズマもそこで安堵してセイラの傍で眠ってしまうのであった。



 二人が眠っている間に、ランスロットが帰って来て初めて、大騒ぎになった。


 玄関から寝室まで血痕が続いており、その後を追っていくと、ベッドには血まみれの妻、そして、その傍にはこと切れたように横たわっているカズマがいるのだ。


「セイラ!カズマ!」


 ランスロットは状況が把握できず、大声で名を呼ぶと駆け寄る。


 そこで二人は、ゆっくりと目を覚ました。


「「……あなた(お父さん)、うるさい……」」


 セイラとカズマはそう言いながら、視線が合う。


 そして、お互いが無事であった事に、二人共ホッとする。


「何があったのだ、……セイラ。この血は一体?大丈夫なのか……?」


 部屋の惨劇とは裏腹に暢気な反応の二人を見て、ランスロットは確認した。


 二人は昼間の出来事を説明した。


 まずはカズマからだ。


 その時点で、母セイラと父ランスロットが激高した事は言うまでもない。


 息子の説明通りなら、カズマは一度死んだのだ。


 子供相手に剣を抜いた最低の男に怒るなという方が無理な話であった。


 そして、セイラが斬られた話になる。


 これにはランスロットが怒りに震えた。


 そして、相手が只者ではない事も容易にわかった。


「……もしかしたら、俺のせいかもしれない。……今、国内で内乱が起きているのは知っているだろう?この領地には今のところ火の粉は降りかかっていないが、領主である伯爵に両陣営からの強い誘い、というか圧力が強まっている。俺も、個人的に両陣営から勧誘が来ていて何度も断っているのはセイラも知っているよな?」


「ええ」


 セイラにもその誘いがあったが、夫に判断は任せているときっぱり断っていたのだ。


「実は先月も、両陣営の使者が領都に来て、その対応の際、俺も居合わせてな。両陣営から同じように脅されていたんだ。『うちに付かないなら今後は敵だ』とな」


 父ランスロットの話から推測すると、刺客をどちらかが送って来たという事だろう。


 カズマはそう判断した。


「じゃあ、次も狙われる可能性があるという事ね……」


 セイラは夫の言葉を理解して頷いた。


「……そういう事になるのかもしれん。それより、セイラほどの騎士を斬る事が出来る相手などそうそういるとも思えない。……そいつはきっと、高い領域にある武芸者だろう。その中で刺客を請け負うような者となると……。国内ではなく国外の人間を雇ったのか?他に特徴はないか?」


 ランスロットは対策を練る為に、相手の情報が欲しかった。


 セイラはカズマの方をチラッと見てから、


「カズマと同じ系統の構えだったわ」


 と答えた。


「カズマと同じ?あの奇妙な構えか……。それで調べてみよう。特徴的だからきっと似たような剣術があるはずだ。……いや、ちょっと待て。まさかと思うが、剣聖カーズマン一振斎の流れを持つ剣士ではないだろうな?」


 ランスロットが疑問に思うのも当然だった。


 カズマは一振りに掛ける剣術を目標としてあの構えなのだが、剣聖カーズマン一振斎もその名の通り、同じ一振りで勝負をつける事を目指している剣士だからだ。


 しかし、剣聖の剣術は、カズマのような構えではなかった気がする。


 だが、剣聖の剣術の目指した先が、カズマの奇妙な構えだとしたらどうだろう?その謎の刺客も同じ流れで辿りついた構えなのかもしれない。


「剣聖カーズマン一振斎の……。言われればそうかもしれないわ。あの時、カズマが来てくれなかったら、私、斬られていたかもしれないと思ったの。そのひと振りで。カズマに動揺して戦うのを止めて撤退したから、まだ、動揺で乱れるほどあの構えも道半ばのものかもしれない。でも、相当な使い手なのは確かよ」


 セイラは自分を殺そうとした武芸者を評価した。そして続ける。


「でも、次来たら返り討ちよ。うちにはカズマがいるし」


 結果的に相手を動揺させて自分の命を救ってくれた息子カズマの頭を撫でるとセイラは母親として負けられないと誓うのであった。



「──それにしてもカズマ。スキルが使えるようになったのは良かったな」


 父ランスロットは不幸中の幸いでカズマのスキルが発動できた事を、喜ぶ事にした。


「本当ね。でも、発動条件が『ハラキリでの死』?だっけ?それは酷い条件ね」


 セイラはその時お腹を斬られたカズマの痛みを想像してカズマを抱き寄せた。


「本当だな。こんな理不尽な出来事のせいで目覚める事になったのは、親としても納得がいかないが、なんと厄介そうなスキルなんだ。──カズマ、明日からそのスキル『ゴーストサムライ』について三人で研究するぞ!」


 父ランスロットは今後も刺客に狙われるリスクを考えると、カズマにも成長してもらうほかないと考えて決断した。


「あなたは、領兵隊長としての仕事があるでしょ?それは私がやるから、大丈夫よ」


 セイラはそう言うと、妻として夫の負担を避ける選択をして意気込むランスロットの気勢を削ぐのであった。


「うっ……。──いや、イヒトーダ伯爵に願い出て休みを──」


 ランスロットは食い下がろうとする。


「こんな大変な時期に伯爵に甘えちゃ駄目でしょ!」


 妻のもっともな指摘にぐうの音も出ず、納得するしかないランスロットであった。

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