第8話 死の駆け引き
カズマの母セイラは丁度、領都から馬に跨ってゆっくりと自宅への帰路についていた。
「今日はカズマの好きな肉料理ね」
セイラはカズマが喜ぶ姿を想像して、ふふっと微笑すると、自宅近くの森に差し掛かった。
そこでセイラは殺伐とした気配に気づく。
自宅の方から、その気配はこちらに向かっているのだ。
セイラは腰の剣を確認する。
とっさの事だった。
「……あらやだ。いつまで経っても昔の癖が抜けないわね」
セイラは自分の行動に自嘲気味になったが、やはり殺伐とした気配はこちらに向かっている。
そのまま馬を進めると、前から黒髪で大きな体の冒険者?いや、その殺気も隠さない雰囲気と、旅をしていると思われるその姿から武芸者の類かもしれないと、セイラは分析した。
あちらの男はこちらに気づくと、殺気を引っ込めた。
それを感じたセイラは少しホッと安心する。
どうやら、通行人に気を遣うくらいには周囲に配慮できる相手のようだと思ったからだ。
通り過ぎる間際に、馬上からセイラは軽く会釈する。
男もそれに応じるように、会釈した。
「もしや、セイラ・ナイツラウンド殿かな?」
男は立ち止まると振り返り、確認してきた。
「……どちらさまですか?」
セイラは馬を止めると、自宅を訪れてきた人かと思い、聞き返す。
「お?やはり、セイラ殿か?初めてお目にかかる。俺は──」
男はセイラとわかり、答えながら、馬上のセイラに近づく。
そして、次の瞬間、男は抑えていた殺気を再度放って剣を抜き、セイラに斬り付けていた。
セイラは身を逸らし、そのまま、馬の上で一回転して地面に降りるが、馬に積んでいた買い物籠が、真っ二つに切れて地面に四散した。
「──ほう。これを躱すとは親子揃ってなかなかやるな。やはり、元王国騎士団長の肩書きは伊達で無いようだ」
セイラは剣を抜くと、その剣先の面で、馬のお尻を軽く叩いて自宅の方に走らせる。
そして、「うちの子供に何をしたの!?」と、激高した。
男はここまで計算づくであった。
武芸者として、勝つためには手段を択ばない。
勝者が名誉と名声を得られのだから、騙し討ちでも何でも勝てば構わないのだ。
だから名前を確認してからまずは奇襲した。
それで失敗に終わったから、子供を殺した事を匂わせて、相手を激高させ冷静さを奪う。
これで、剣の腕が互角としても、精神面で有利に立てる。
全ては勝つ為の駆け引きだ。
「そうさな……。お主同様、一振り目は躱したな。それだけでも凄い事だ」
男はセイラの質問をはぐらかすように答える。
「まさか……!?」
セイラはその言葉に血の気が引いて真っ青になる。
カズマは夫ランスロットとの間に授かった大切な大切な命であり、この世で一番の宝物だ。
母として、動揺するなという方が、無理な話であった。
「二振り目は反応できなかったところを見ると、一振り目は勘が働いた感じではあるな。それだけでも十分立派だっ──」
男が最後まで言い終わる暇も与えず、セイラは斬りかかった。
男はその時を待っていたとばかりに、怒りに任せたセイラの一振りの一瞬に半身で躱しながら、逆袈裟切りを合わせた。
よし、完全にもらった!
男は半ば勝利を確信した。
しかし、その手には命を絶ったという程の手応えをない。
「……肉体強化とはやるな」
セイラは怒りに震える一方で、魔法を自分に掛ける冷静さは持っていたのだ。
だが、それでも当然無傷とはいかない。
セイラは左わき腹から、右肩辺りまで斬られた。
「くっ……!」
セイラは後ろに飛び退った。
「ふむ。傷は浅く無いな。次で終わりにするか……。──ああ、それとも息子の最後の瞬間を聞いてから斬られるか?」
男は勝利をほぼ手繰り寄せていてもなお、完勝を目指してセイラの心を揺さぶり続ける。
「……!」
セイラは最早何も答えない。
斬られた事で少しは冷静になったようだ。
だが、やはり、カズマの死をすぐに受け入れられるわけもなく、心の動揺を完全には抑えきれない。
「返す剣で腹を綺麗に掻っ捌いてやった。あれはかなり痛かっただろうな。だが、あれは中々の胆力を持った有望な子供だ。将来の敵になりそうな若い芽は摘むに限るから仕方ない」
男は殺し合いの最中にも拘わらず、雄弁にセイラを煽る。
セイラの剣を握る力が強まるのがわかった。
ここまで煽れば冷静ではいられまい。次の一振りで勝負だ。
男は剣を一旦腰に戻すと、半身の姿勢を取る。
それはカズマが毎日のようにやる居合の構えであった。
カズマと似た構え……?
それを見て、セイラは怒り状態から目を凝らし、次に何が来るのかを理解した事で冷静になれた。
カズマは日頃から、一振りでの勝負に拘っていた。
剣先を隠すように、木剣を半身で相手の視線を遮るのだ。
そして、剣の長さを把握させないようにして、相手を一振りで仕留める。
もちろん、スキルも発動できていない子供のカズマの肉体ではそんな理想的な剣を振れるわけもなくセイラは木剣を躱すのだが、その理に適った剣術にセイラも感心したものだ。
あれが来る。
セイラは大きく深呼吸をすると息を整えた。
「むっ?」
男はセイラのその行為に眉を潜める。
冷静さを取り戻したか、と。
だが、この一振りは剣聖であり、師匠であったカーズマン一振斎から伝授された最高の剣技だ。
破門されたとはいえ、その剣技の粋を自分は十分に受け継いでいる。
やれる。
男は確信すると、じりじりと距離を詰めた。
自分の間合いに入れば勝負は一瞬だ。
男は手負いのセイラは動きが鈍くなっているから、勝利は八割以上招き寄せていた。
そこへ、
「母さん!」
と死んだはずのカズマが現れた。
男は、その殺したはずの子供の元気な姿に目を剥き、母であるセイラはその姿に歓喜の涙を浮かべた。
「カズマ、無事なのね!?そこにいなさい!お母さんは大丈夫だから!」
「そ、そんな馬鹿な!?あの時、確かに殺したはずだぞ!?」
男の動揺は計り知れないほどであった。
そして、その動揺を本人も自覚したのか、勝利の可能性が大幅に落ちたと判断するとセイラに背を向け森の中に飛び込んだ。
「!?」
母セイラは男のその引き際に驚く。
「この勝負はお預けだ。顔は覚えた、次は必ず斬る!」
男はそう言うと森の中に消えていくのであった。
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