第65話 地獄の一年間
カズマの現在の一日は、夜明け前と共に木槌で木を打ち据える甲高い音が鉱山内に響き渡って始まる。
各担当の奴隷達が反応して同じく木槌で木の鳴り物を叩くので、広い鉱山内のいろんなところから音が鳴り響いていた。
日々の労働で疲れ果てているうえに、睡眠も他の者達より最後に取らされていたのでこの日のカズマは三時間寝るのがやっとだった。
だから、もう少しギリギリまで寝たかったのだが、同じ奴隷に寝ている頭を蹴られてはっきりと目が覚める。
「おい、ガキ! とっとと起きて、俺達の食事を持ってこい!」
「……」
カズマはそんな大人の奴隷に対して反抗しなかった。
この一年の間に反抗して痛い目に合っているからだ。
ここにきたばかりのカズマはまだ、生きようと必死で、間違いにも抵抗し正そうとする為の気力と勇気、正義感もあった。
しかし、多勢に無勢、白も黒と言われれば黒の世界である。
カズマの得物である刀もない今、あるのは自分の拳だけであり、さらには犯罪奴隷の特殊な首輪で力を封印された状態では、流石のカズマも多数の大人に敵うわけがなくリンチに遭っていた。
体はボロボロになり、顔も腫れて数日寝込んでいたが、その奴隷用の診療所で老人の犯罪奴隷に忠告をされた。
「問題を起こす者は、最初はわからせる為に袋叩きに遭う。だが、命までは取られない。しかし、二回目はそうはいかない。反抗的な事を繰り返す者は、監視も面倒だから、他の犯罪奴隷に殺させるんだ。それだけ犯罪奴隷の命は軽い。次はないから気を付けろ。ここはそういうところだ」
老人の犯罪奴隷は親切に忠告をする事が、それもここでの仕事の一環なのだろう。
ぐったりと寝て怪我が治る数日間、カズマの枕元で朝、目覚める時間にその事を繰り返し告げていく。
動けないところに、時間が来ると忠告される言葉にカズマはぞっとした。
だから、忠告通り、診療所から元のねぐらに戻されると、監視の命令や犯罪奴隷の大人達の命令も聞く事になる。
便所掃除はガキの新人の仕事だといって、素手で掃除をさせられた。
衛生面なんて気にする場所ではなかったから汚いのは当然で、蠅は集り、蛆が湧き、悪臭に吐き気を催しながら汚物を処理するのだが、その手を洗う水はもちろんない。
汚れた手は、砂に手を突っ込んで汚れを落とすしかないのだ。
カズマにはそれだけでも最悪であったが、その後は採掘作業の為にクズ石の運搬を朝から晩までさせらる。
当然ながら全体の九割はクズ石であったから、この運搬作業が一番大変で、肩から掛けた革の袋に沢山のクズ石を詰めて運ぶのだが、とても肉体を酷使する為、みんな楽な仕事に移れる事を望む。
だが、実際は鉱石運搬用の手押し車を使えるのは先輩犯罪奴隷の極一部でそんな役目はほとんどの者は回ってくる前に力尽きる。
つまり、「死」だ。
栄養価の低いクズ野菜が少ししか入っていないスープとカビの生えた硬い黒パンを半切れだけでそんな体を酷使する肉体労働をさせられて、長い事耐えられるわけがないのだから当然である。
犯罪奴隷とはそういう扱いなのだ。
つまり、使い捨てである。
ツルハシを振るって採掘をする役目も大変だったが、運搬作業よりは楽な仕事だった。
しかし、これは一度も反抗せず従順な者だけがツルハシを握る事を許されていたから、一度、反抗したカズマにはその役目は回ってこない。
つまり、子供でありながら、一番大変な仕事をやらされ続け、一年近くの間、耐え続けていたのであった。
そんな犯罪奴隷の採掘場は、帝国の北西の僻地にあり、逃げてもすぐに捕らえられてしまうような場所だ。
それは他に何もないからである。
近くに村もなく、数日、山道を馬車に揺られて運ばれてきたが、その間、人を見かけたのは検問所の兵士だけだった。
その兵士の家族の宿舎とかがありそうなものだが、カズマは少なくともそれを見ていない。
つまり、逃げ出そうにも何もない山を鎖に繋がれた鉄球を持って数日歩き続けるのは無理というものであった。
つまり、ここの場所に送られるという事は死刑宣告を受けたようなものなのだ。
カズマはそれを知らなかったから、大人しく送られて来たのだが、現状を知って初めて、途中で逃げるべきだったと後悔したのだった。
そして、この日も先輩犯罪奴隷の男が一人クズ石を運んでいる途中で倒れ、そのまま亡くなった。
カズマはその後ろを歩いていたが、誰かが倒れるのは慣れっこになっており、そのまま通り過ぎたのだが、亡くなった事を知って、また、ぞっとした。
今度は自分の番かもしれないと思ったのだ。
カズマは一度、反抗した事から、食事の量は減らされていたし、成長期の子供だから栄養は誰よりも体が欲していた。
ゴーストサムライの能力で『ブシハクワネドタカヨウジ』があったから同じ条件の者よりは全然耐えられる方だと思っていたのだが、それでも、体は一年の間に見る見るうちにやせ細っていき、その変化はカズマ自身が一番感じていた。
だから命の危機を感じずにはいられなかったのだ。
そして、ついにカズマの番が来た。
クズ石を運んでいる最中に意識を失って倒れたのである。
意識が遠のく中で、周囲から声が聞こえてきた。
「ガキが倒れたぞ?」
「ガキにしてはかなり持った方だが、やはり限界だったな」
「おい、誰か! 邪魔になるから死体を運べ!」
意識を失い心臓がほとんど止まっている状態であるカズマは、すぐに死んだと思われて他の犯罪奴隷によって死体処理の為の旧鉱山跡地に運ばれるのであった。
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