第64話 休戦協定
帝国の本隊と最前線で戦っていたツヨカーン侯爵派軍は帝国からの休戦協定の申し出には寝耳に水であった。
なにしろ丁度、帝国軍のイヒトーダ伯爵領への反転攻勢に対して、議論していたばかりなのだ。
だからこのタイミングでの休戦協定は理解に苦しむところである。
だが、これを王家に伝えないわけにはいかないから、しばらくは停戦状態になるのであった。
ツヨカーン侯爵は後方で指揮を執っていた王国軍総指揮官代理で、王太子であるトリスタンの元に伝令が送られた。
そこには王国軍の文官や将軍などもおり、その他にはツヨカーン侯爵派の重鎮オーモス侯爵に、アークサイ公爵派、ホーンム侯爵派を代表する者達もいたから、対応協議は早かった。
オーモス侯爵は、帝国の動きに対して不信感をもっていたから、様子を見るべきと忠言した。
それに最早勝ち戦であり、国内から帝国軍とその同盟国であるケマン王国軍を完全に追い出すのは時間の問題だったから、応じるべきではないと考えていた。
だが、アークサイ公爵派とホーンム侯爵派は休戦協定に賛同、国内の疲弊を考えたら休戦するのが一番だと主張した。
もっともな意見だが、今、休戦協定を結ぶと西部の辺境地帯と一部の王国内の領地が帝国とケマン王国のものになってしまう。
それは王国にとって痛手なのだが、トリスタン王太子の周囲にいる文官や将軍も休戦協定に賛同した。
当然だろう、この数か月間戦続きであったから、誰もが辟易している。
戦費も馬鹿にならない。
国内の貴族はもちろん、王家も湯水の如く消えていく金銭を前にしたら、賛同するのも理解出来た。
しかし、未だ占領下にある領地は王家の直轄地だけでなく一部の貴族のものでもあったから、取り戻したいのは山々である。
それにツヨカーン侯爵派軍にしたら、イヒトーダ伯爵が討ち取られていたから、その領地を取り戻し、報いたい思いもあった。
だから、ツヨカーン侯爵派のオーモス侯爵はトリスタン王子を説得すべく、反論していたが、周囲はほとんど賛成派である。
その為、王家の代理であるトリスタン王子も王家の後ろ盾であるツヨカーン侯爵派の重鎮オーモス侯爵の意見とはいえ賛成一色の中、反対意見を採用する事は難しかった。
「……休戦はこちらも望むところ。だが、条件にもよる。休戦はその内容次第で応じよう」
トリスタン王子はオーモスの反対意見にも理解を示し、帝国との協議の上で占領された領地を取り戻すという事で納得させるのであった。
こうして、一か月の停戦後、両者の話し合いによって休戦協定が結ばれる事になった。
侵攻してきた帝国とケマン王国は占領した領地の一部は返上することで合意したが、辺境一帯の領地については、王国側が折れる形で決着する。
これにはツヨカーン侯爵派が猛烈に反対した。
その一部にイヒトーダ伯爵領が入っていたからだ。
だが、アークサイ公爵やホーンム侯爵が伯爵とその一族も死んでいる以上、取り戻しても継ぐ者がいない事、他にもアークサイ公爵派の貴族領が占領されており、それらは戦争を終わらせる為に我慢させるのだから、ツヨカーン侯爵派ばかりわがままを言うものではないと、窘められる図式になった。
これらは不当なものであったが、懐が痛まない王国側の大臣や将軍達からも一日でも早く休戦協定を結ぶべきという主張が大きくなっていったので、帝国との協議は急転直下、休戦協定が結ばれたのである。
細かい協定内容については捕虜の交換などもあったが、帝国軍はここにおいては、協定の抜け穴を利用してとんでもない事を行っていた。
それは、占領地から王国民を大量に帝国内へ強制移動させていた事である。
それは協定前に移動した事であり、そもそも軍人ではないので捕虜交換には応じられないと協定後になって答えてきた。
当然ながら、これにはツヨカーン侯爵派を中心に協定を破棄するべきという意見も上がったが、これも戦争を反対するアークサイ公爵派、ホーンム侯爵派によって、今後、話し合いで解決すべきという意見で押し通され有耶無耶になる。
「……カズマと奥さんはまだ、見つからないのか?」
協定が結ばれてから二週間が経ち、ツヨカーン侯爵の元に身を寄せていたランスロット・ナイツラウンドにツヨカーン侯爵は声を掛けた。
「はい……。捕虜交換が始まるので、そこでもしかしたらとは思っていますが、あちらの論法だと妻セイラやカズマは軍人ではない事になります。生死を確認したくてもイヒトーダ伯爵領は帝国の占領地になっていますから、確認も難しい状況になっています……」
ランスロットは、心痛に顔を歪ませる。
「こちらもトリスタン王太子に領地返還を強く申し上げている。場合によっては、帝国に攻め入ると強く出ているから、もう少し待ってくれ」
今回の戦争で一番活躍した英雄ランスロットが一番不幸な面持ちでいたから、ツヨカーン侯爵は、その為にかなり無理をして動いてくれていた。
その圧力が実ったのか、三か月後、帝国は占領した土地を返還すると応じてきた。
ツヨカーン侯爵派軍が独断で動き、国境線に布陣したから、その圧力に負けてこれ以上強硬な主張は出来ないと判断したようであった。
それくらいツヨカーン侯爵派軍の強さが身に染みていたのだ。
こうして、数か月ぶりに占領された全ての土地は返還されたのだが、そこに残っていたのは、略奪され尽くした不毛の土地だけで、そこには一粒の小麦どころか、王国民は誰も残っておらず、全て連れ去られた後であった。
「……腹減った」
帝国某所の鉱山の採掘場にカズマはみすぼらしい格好でツルハシを振るっていた。
その姿はやつれ、ボロボロだ。
足には、鎖が繋がれ、鎖の先には鉄球が付いて逃げられなくなっている。
首には木の枠が付けられており、それは奴隷である事を証明していた。
カズマは捕縛されてから一年近く前、犯罪奴隷として鉱山送りとなり、日々厳しい環境の下で、その間苦役を強いられていたのであった。
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