第46話 辺境伯との約束

 カズマは馬車でヘビン辺境伯の城館に案内されると、応接室に通された。


 しばらくすると、その扉が勢いよく開かれる。


 その扉を開いたのは、力強く、引き締まった顔立ちに顎ひげを生やした長い黒髪を後ろに結び、黒い瞳の鋭い目つきをした中年男性で、カズマを一瞥するとそのままドスドスと入ってきた。


「うちの者からはオーモス侯爵、ツヨカーン侯爵両名からの使者だと窺ったが、詳しく聞こうか!」


 男性はそう言いながら、カズマの向かいのソファーにドスンと座る。


 カズマはこれまでも領主に会う度にしてきた説明を手元にある札や書状を指し出しながら目の前のヘビン辺境伯?に始めた。


 ヘビン辺境伯?は黙ってカズマの少々長い説明を聞く。


 カズマが最後にオーモス侯爵の使者も兼務して訪れた事を告げると、そこでようやくヘビン辺境伯?は口を開いた。


「……ふむ。だが、妙な話だ。それらの話を総合するとお主はここまで三か月はかかりそうな旅を三分の一以下でやって来た事になる。それにだ。現在、オーモス侯爵領との間は完全に遮断され、通過どころから連絡一つ取る事も出来ない状態。それを出来るのは遠回りでホーンム侯爵勢力を通過してこないと不可能だ。──小僧、語るにしてもあまりに荒唐無稽過ぎるぞ。そんな話、誰が信じると思う?」


 ヘビン辺境伯は眼光鋭くカズマを睨む。


 その言葉で室内の空気が変わった。


 ヘビン辺境伯の背後に待機する兵士達も領主の言葉に反応して剣に手を掛ける。


「……これだけの証拠を示して逆に信じて頂けないのであれば、あとは何をどう説明したらよろしいのでしょうか?」


 カズマはヘビン辺境伯の鋭い眼光に臆することなく答えた。


「……まず、どうやってオーモス侯爵領から数日でここまで到着したのかという証拠。さっきも言ったが現在、道は遮断されている。これについては、誰かの仕業だと睨んでいる。そこに都合よくオーモス侯爵の使者だと名乗り、証拠を沢山持参した子供の使者が来るなど都合が良すぎるだろう。何を信じる事が出来ようか。それでも信じてほしければ、両侯爵の使者に足る実力を示せ」


 ヘビン辺境伯はそう返すとソファーにもたれ掛かった。


「……わかりました。今ここで示す事も出来ますが、今後の事も踏まえてオーモス侯爵領、ヘビン辺境伯領間を塞いだ大岩の数々をどうにかしましょう。それで使者に足る実力も一緒に示したいと思います」


「ほう……。あの大岩を除去するのに数か月はかかると専門家から言われている。魔法を用いてもだ。お主にそれが出来ると?」


 ヘビン辺境伯はカズマの言葉を、大口を叩く子供だとは笑わず、興味を惹かれて聞き返した。


「はい。時間が惜しいのでそうですね……。邪魔さえなければ、早くて三日程で解決したいと思います」


 カズマは真剣な面持ちで答える。


「ふっ……。ふははっ!度胸の据わった小僧だ。現場にいるうちの領兵を貸してやる。さすがに三日とは無理な事は言わん。一か月でどうにして見せよ」


 ヘビン辺境伯は、カズマの態度を気に入ったのか、大笑いすると領兵を貸し出す約束と、一か月という期限を切った。


「……大岩を除去したら、現場責任者に一筆書いてもらってそれを持ち帰ります。それで証拠として信じて頂けますね?」


「かまわん。一か月で事を成したら、信じて書状にも目を通そうではないか。そんな事が出来たらな。……もしダメなら、子供でも俺の時間を潰したのだ、容赦はせんぞ」


 ヘビン辺境伯はそう告げると立ち上がり、退室するのであった。


 カズマはその場で、領境で大岩除去の現場責任者宛てに一筆したためてもらった書状をもって城館を出る。


 そして、どうするか迷った。


 いくつか手段を思いついていたのだ。


 だが、今回はもっと迅速で効果的な方法が良いかもしれない。


 カズマはそう考えると、城館そばの木陰に飛び込み『霊体化』すると、領境の峠へと引き返すのであった。



 カズマは領都から真っ直ぐ進み続け、丸一日かけて領境の峠に舞い戻って来た。


 前回は上空を飛び越えるだけで済んだが、今度は大岩を除去しないといけない。


 カズマは現場近くの森で『霊体化』を解き、現場責任者を探した。


「おい、誰が見落とした?子供がここまで入り込んでいるぞ?」


 カズマが声を掛けると、現場責任者と思われる指揮を執っていた兵士風の男が周囲の人間にそう注意した。


「ヘビン辺境伯からの書状です。どうぞ」


 カズマは追い出される前に書状を渡す。


「何!?──確かに領主様の封蝋がされている……。どれどれ……」


 責任者はしばらくその書状の内容確認し、再度読み返していた。


 そして、さらには灯にかざして偽物ではないかと確認もする。


「……本物のようだな。……領主様からの命令なら仕方がない。一時、小僧、いや、お主の指示に従おう……」


 責任者は書状がある以上、従う事を決めた。


「それでは、巻き込み事故が怖いので、現場からみなさんを退去させてください」


 大岩の周囲には石工職人やら領兵やらが、撤去の為に色んな資材を持ち込んで色々試していた。


 その数百人以上いる人々をどかせというのだから、責任者は驚いた。


「一人であれをどうにかするとでも言うのか!?」


 責任者はさすがにこれは冗談なのではと疑った。


「いえ、本当に巻き込んだら危険なので全員避難してください。それに大岩が塞いだ場所は、こことオーモス侯爵領側の二か所にあるので、そちらも早々にどうにかしたいので急いでもらえると助かります」


「何?ここの他にもまだあるのか!?……それは知らなかった。──わかった。すぐに、移動させよう」


 責任者はどちらにせよ、二か所もこんなところがあると知らされると、開通するには一日二日、潰れたところで大した変わりはないと判断した。


「おーい!全員退去しろ!一人も現場に残るなよ!」


 責任者の命令は絶対である。


 方々で命令が復唱されると、現場の人間達は退去し始めた。


「今日はこれで失礼するが、何日くらいかけるつもりかね?」


 責任者が目途を聞く。


「早ければ、数分で」


「数分!?」


 カズマは笑顔でそう答えると、責任者がその荒唐無稽と思われる返答に驚く中、現場付近の待機所になっている掘っ立て小屋に消えていくのであった。

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