第105話 起死回生

 剣闘場会場は、当然ながら皇帝暗殺未遂現場だから、大きな騒ぎになっていた。


 そこに、軍隊が押し寄せてきた。


 各出入り口は軍隊が塞ぎ、会場を完全に封鎖した状況である。


 これはもう、カズマ達にとって絶体絶命であるのは確かであった。


 だが、この軍隊の乱入には、皇帝の側近や護衛騎士達も動揺している様子で、


「これはどこの部隊だ!? 誰の許可で動いている!?」


「皇帝陛下が負傷されたのだ、道を開けよ!」


「ええい! 誰が責任者だ!? どかぬか!」


 と怒号が皇帝陛下席の周辺で起こっていた。


 そこに、この部隊を指揮していると思われる将軍が兵士を伴って入ってくる。


「将軍、あなたがなぜこちらに? 確かあなたは帝国第一師団を率いて帝都郊外で軍事演習を行っていたはずでは?」


 皇帝の側近があまりに早く現場に駆け付けた将軍を不審に思って問う。


 そんな言い合いが皇帝席のところで起きると、カズマと母セイラ、アンの三人は拘束される事なく放置されている。


 だが、周囲は呆然とする警備兵とそれらに対し、黙々と動いて要所を抑える部隊の兵士達によって二分された。


 かと言ってカズマ達に逃げるチャンスがあるかと言えば、それは難しい。


 周囲はすでに蟻の子一匹這い出る隙間もないくらいに完全包囲され、逃げられる者がいるとすれば、それは『霊体化』できるカズマくらいである。


 だから、カズマ達は大人しく事の成り行きを見守るしかなかった。


 どうやら、皇帝席の辺りでは、皇帝の側近や重臣達と軍を引き連れてきた将軍との間で揉み合いになりつつあったからだ。


 そんな中、カズマはふと将軍の背後に見た事がある人物が立っていることに気づいた。


 それはあのアイスホークである。


 アイスホークはカズマとアンを何かと助けてくれていた人物だ。


 その彼が、将軍の背後に静かに起立していた。


 そのアイスホークとカズマの視線が合った。


 アイスホークは、ウインクする。


「?」


 カズマとアンは目を見合わせて疑問符を頭に浮かべた。


 だが、この場では自分達も動きようがない。


 母セイラもそれは同じで、カズマ達を背中に感じながらこの後の展開を見守るしかできないのであった。


「皇帝陛下はどこに?」


 将軍は側近にそう問いただす。


「皇帝陛下は重傷だ。今、侍医長が見ているから下がれ」


 護衛騎士はそう言うと、将軍と皇帝が倒れている間に入って視界を遮る。


「将軍に対して不敬だぞ。貴様こそ下がれ」


 そこに将軍と護衛騎士の間にアイスホークが間に入った。


「なんだと!? 私は皇帝陛下直属の護衛騎士隊長だ──」


 と護衛騎士が逆上した時である。


 最後まで言わず、護衛騎士がその場に崩れ落ちるように倒れた。


 アイスホークはその護衛騎士に突き立っている剣を抜く。


 どうやら、アイスホークが護衛騎士を刺したようだ。


「きゃー!」


「な、何の真似だ!?」


「け、警備兵!」


 皇帝の側近や重臣達は、目の前の軍人が血迷ったと思って、慌てふためく。


 皇帝の護衛騎士隊長と言えば、それこそ国内での権力はかなり大きなものを持っている。


 それを刺し殺したとなれば、それは由々しき事態なのだ。


 将軍はそんな部下の行動にも眉一つ動かす事はなく、ただ一言、


「拘束せよ」


 と命令を下す。


 これには、皇帝の側近や重臣達はほっと安心した。


 どうやら、この若い士官が暴走しただけのようだ。


 そう思ったのも束の間、兵士達は皇帝の側近や重臣達を拘束し始める。


「な、何の真似だ、将軍!」


「これは一体……!?」


「ま、まさか、貴様!?」


 皇帝の側近や重臣達はここでようやく、全ては将軍の思惑である事を知るのであった。


 そう、これはクーデターである。


 この皇帝の誕生日祭に合わせて帝都郊外で軍事演習を行い、皇帝に披露する名目で軍を動かしたのだ。


 アイスホークはその右腕として、動いていたのである。


 ただし、カズマ達の行動は想定外で、たまたまクーデターとカズマの皇帝暗殺が被っただけである事は記述しておく。


 そして、その場で皇帝が死亡している事をアイスホークは確認し、将軍に伝える。


「……ふむ。我々で手を汚さなければいけなかったのだが、先を越されたか……」


 将軍は皇帝の遺骸を一瞥すると、そうアイスホークに漏らす。


「お陰で我々が剣闘場に乱入するのも楽でした。皇帝が生存していたら、この剣闘場に立て籠られ、皇帝側の援軍が駆け付ける事態も想定できましたから……」


 アイスホークはそう言うと暗に皇帝を暗殺した人物達を評価する。


「……ここまで上手くいくとはな。皇帝をやったのはあそこにいる剣闘士三人で間違いないのだな?」


 将軍はこちらを見つめている三人の剣闘士、カズマ達に視線を向けて、アイスホークに確認を取る。


「兵士の報告ではそのようです。あ、将軍、彼らは私の友人でもありますので、罰はご勘弁頂けますか?」


 アイスホークは将軍が、カズマ達に皇帝暗殺の責任を負わせて処分し、無傷で帝都を押さえる算段をしないように忠言した。


「彼らは我々にとって英雄だ。とはいえ、皇帝暗殺者の烙印を背負わせるのも不憫である。──暗殺者の烙印はこのである護衛騎士隊長に負わせよ。その時、側近や重臣達も死亡。我々はそれにいち早く気づき、これを討伐。もしもの事を考え帝都を軍事制圧した事になる。──以上だ。ここは任せる」


 将軍は、当初の計画からは少し違う筋書きをアイスホークに告げると、兵士を引き連れて、皇帝宮向かうのであった。


「よし、皇帝暗殺未遂容疑で剣闘士達を拘束、連行せよ。──(丁重に扱え、これはただの芝居だ)」


 アイスホークは傍にいた兵士にそう命令する。


 何しろ観客席には帝都民が呆気に取られて様子を窺っているのだ。


 つまり、皇帝暗殺未遂の容疑者は剣闘士の三人、カズマとセイラ、アンの三人である。


 アイスホークとしては、拘束したという形で、あとは容姿の似た遺体を見つけて、首を落として終了というのが狙いだ。


 アイスホークがまた、カズマ達に向かってウインクしたので、三人は事情を何となく推察すると、抵抗する事なく兵士に捕縛され連行されるのであった。

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