第106話 目的の達成

 カズマと母セイラ、そしてアンの三人はクーデターを行った将軍の兵士に拘束されたものの、酷い扱いを受ける事はなく、すぐにアイスホークの命令で釈放された。


 もちろん、目立った行動は控えるように釘を刺されていたから、白昼堂々、目立つ格好で出回るようなことはしない。


 アンは特に剣闘士奴隷から逃げ出した身であるから、より慎重に振舞う。


 だからと言って、何もしなかったかというとそうではない。


 カズマは母セイラのお願いですぐに『霊体化』して南部地方に急いだ。


 そう、旧イヒトーダ領民を中心に帝国に連行されてきた王国民が一斉蜂起しているはずだからである。


 カズマはわずか数日で南部に戻ると、そこは当然ながら大騒ぎになっていた。


 一斉蜂起が起きた事だけでなく、軍が二分して衝突していたからである。


 これは偶然であったが、クーデターによる軍がまず、城を押さえようとしたところに、一斉蜂起が起きたので、混乱を極めた形だ。


 クーデター軍は、周辺の指揮権を得る為に動くわけだから、それに抵抗する軍がある。


 しかし、一斉蜂起した王国民はただひたすら国境を目指したので、国境警備隊以外、誰も阻む者がいなかった。


 そう、棚から牡丹餅的な展開である。


 南部の各地で起きた王国民の一斉蜂起は国境手前で数万人規模になったので、帝国側の国境警備隊もこれにはさすがに怖気づいた。


 援軍を頼みたくても近くの基地はクーデータ軍によって抑えられ動けないから自分達でどうするかしかない。


 幸い相手は素人集団、烏合の衆。


 警備隊はその点だけで有利と考え直すと、一戦を交えた。


 国境警備隊はれっきとした帝国兵、よく訓練されている軍人の集団である。


 だから、わずか三千あまりでも烏合の衆である数万の集団に引けを取らない可能性は十分ある。


 実際、歴史上、十倍以上の軍相手に大勝利した事例もあるからだ。


 しかし、意外にも警備隊は苦戦を強いられる事になる。


 それは、決戦前夜に警備隊隊長が負傷した事に始まった。


 夜中に、何者かに刺されたのだ。


 これには翌日の決戦を前に、警備隊は動揺した。


 すぐに、砦内で犯人探しが行われたが見つからず、動揺があるまま副官指揮の元決戦に挑む。


 するとどうだろう。


 烏合の衆のはずの蜂起軍は、よく訓練が行き届いている者達が、隊を指揮して動き、数の力で押し寄せると、初戦で勝利してしまった。


 これは母セイラが戦い方を指導した者達の活躍である。


 これには警備隊も驚いて砦の守りを固める事にした。


 すると、蜂起軍はそれを無視して国境線を越えていく。


 それが、母セイラがみんなに指導した狙いだったのだ。


 初戦で策をもって勝利し、相手が守りに入ったら、それを無視して必死に走り、国境線を超える。


 それだけで目的は果たせるのだ。


 本当はもっと、苦戦を強いられるだろうから、放棄した王国民の何分の一かが生きて戻れるか? くらいの確率を予想していたのだが、クーデター軍のおかげでほぼ無傷でみんな国境線を超える事が出来たのであった。


 それに国境付近にはこの事を事前に知っていた王国側の国境警備隊が、待機していたから、逃げ込んできた王国民達を次々に保護していく。


 これには、帝国側の警備隊も守りを解き追手をかけようという意見も出たが、王国側の警備隊と衝突するのは避ける為、黙って見送る事にしたのであった。


「ほっ……。こっちはほぼ、無事に目的を達成できたみたいでござる。そうなるとあとは母上とアンを連れて無事に帝国領から脱出する事だけでござるな」


 カズマはそう安堵する。


 そう、帝国の警備隊長を夜に襲ったのは、カズマだったのだ。


 あえて殺さず、指揮権は隊長に残したまま動揺を誘い、その状況下で母セイラに策を預けられた蜂起軍と衝突させ、こちらが勝利するというのが、狙いだったのだ。


 お陰で被害はほとんどなく、王国民は国境線を越える事が出来ている。


 それを確認したカズマは、『霊体化』したまままた、帝都へととんぼ返りするのであった。



 母セイラはカズマの報告を聞いて、帝都郊外の村にある屋敷の庭の一角で大きく安堵のため息を吐いていた。


「本当についていたわね……。私の当初の計画では全体の四分の一が国境線を越えられれば良い方だと思っていたから」


「これも、アイスホークさん達のクーデターのお陰ね」


 アンも一緒に安堵すると今回のクーデター成功に感謝した。


「はははっ! そのクーデター成功のきっかけは、皇帝をいかに殺すかにかかっていたのだぞ? もし、剣闘場に立て籠られ、皇帝が生存していたら、周辺の皇帝派軍や貴族が救援に駆け付けていただろう。つまり、この成功はお互い様さ」


 アイスホークはそう言うと、庭に入ってきた。


「アイスホークさん! もう、周辺は大丈夫なんですか?」


 カズマはこの十日余り、軍を率いて四方を走り回っていたアイスホークが帰ってきたので驚いた。


「皇帝派も皇帝が死んだ今となっては抵抗も難しいからな。まだ、自領や砦に籠城して抵抗する軍の一部や貴族はいるが、そう長くはもつまい。──どうする? こちらとしてはカズマ達三人には落ち着いたらお礼の一つや二つしたいところなんだが、国内を落ち着かせるにはまだ時間がかかる。それまで待てまい?」


 アイスホークはカズマ達をこの地に留めておくことが不可能な事はわかっていたが、一応確認する。


「もちろん、帰るよ! ──ねぇ、お母さん、アン」


「そうね。お父さんとも会いたいしね。ふふふっ」


 母セイラは、頼もしくなったカズマの強い一言に、笑みがこぼれる。


「それに、イヒトーダ領の再興もあるし、一日でも早く帰りたいかな」


 アンも同意する。


「……わかった。この状況での別れは名残惜しいが仕方ないか……。──馬車を出すからそれで送ろう。世話になったなカズマ、アン。そして、英雄セイラ・ナイツラウンド殿」


 アイスホークは、別れを惜しみながらも、母セイラの正体を知っていた事を口にする。


「あ、知っていたんですね」


 カズマが母セイラと視線を交わして苦笑しながら答える。


「はははっ! そりゃあ、セイラ殿が黒髪でも、息子カズマの銀髪を見れば、親子ならば、髪を染めているのだろうことは予想が付く。そして、銀髪の女性剣豪騎士となったら、一人しかいないだろう! 英雄殿には昔話を色々聞きたかったが、残念だ。名残惜しいが、俺も忙しいからこれでお別れだな。──また、いつの日か会おう」


 アイスホークはそう言うと屋敷をあとにした。



 そして、カズマ達はこの二十日後、無事、国境を越えて、王国に帰還するのであった。

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