第97話 伝令役、そして……

 カズマは母セイラが仲間として話していた犯罪奴隷剣闘士の一人に、闘技場内の関係者用トイレで接触した。


 もちろん、『霊体化』で侵入したので誰にも見られず会えた。


「……アンさんから、話は聞いている。あんたが伝達役の子供か」


 犯罪奴隷剣闘士の男は、母セシルと協力してイヒトーダ領民だけでなく、王国から強制連行された人々を助け出す事を目的とした一人だった。


「はい。こちらも協力するように頼まれています」


「……よくここに入ってこれたな。──よし、それでは連絡を頼みたい」


 男は、カズマにいくつかの合言葉と同時に言伝を聞かされた。


 伝達先はこのデンゼルの街の領内にある農作地にある集合住宅地と隣の貴族領の同じく農作地、他にも数か所王国民が小作人として働かされている場所を教えられる。


 カズマは言伝の内容を聞いて、真剣な面持ちで頷く。


 合言葉は、伝令先によって変わる。


 統一した方がよさそうだが、一つバレて他も発覚するのを恐れての措置だろう。


「──わかりました。でも、大丈夫でしょうか? 彼女は帝都に向かっている最中ですが……」


 彼女とはもちろん、母セイラの事であり、それを追っているアンの事でもある。


「アンさんからは計画に変更はないと言われている。あちらもその為に動くと言っていたからな。俺達もそれを信じて動くさ」


 犯罪奴隷剣闘士の男は決意を固めた目で、頷くと、作戦の伝達をカズマに託してトイレから出ていくのであった。



「時間がないでござる!」


『霊体化』したカズマは、各方面に浮遊して向かうと、母セイラの立てた作戦に則り、その内容を伝えて回り、着々とその日が来るまで文字通り、忙しく飛び回った。


 最初こそ、カズマという子供の伝達に心配する同志達であったが、今はそんな事を言っている暇はないと切り替えて準備を進めてくれたのは、カズマもありがたかった。


 なにしろその総指揮は母セイラである。


 その母セイラが帝都に召喚されるという不測の事態だから、息子としては成功の為に代わりに動くしかないのだ。


 カズマはみんながひもじい思いをしながらかき集めたお金を武器に換え、それを各場所に運び、隠す。


 蜂起は一斉同時の予定だから、本番一発勝負である。


 万が一失敗する者がいても、他の者達は足を止めず、ひたすら国境を目指す手配になっていたから、それはつまり死を意味した。


 その事も伝達でしっかり念を押す事で、帝国で働かされる王国民達は全く油断する事無くこの一斉蜂起に真剣であった。



 そして、半月が経過した。


 カズマは作戦が情報漏洩する事無くうまく進んでいる事を確認すると、ここでようやく蜂起する各グループのリーダー達にあとを任せる事にした。


「カズマ、あとは我々に任せろ。そして、アン殿を頼む」


 各リーダー達は今や指導者であるアン(母セイラ)の次にこの半月、作戦の為の伝達を務めて各方面に飛び回ってくれたカズマを信用していたから、カズマがアンを助けに帝都に向かうと聞いて止める者は誰もいない。


「はい。みなさんも……。──計画が無事成功する事を祈っています」


 カズマはそう言うと、その場を立ち去るのであった。



「今から『霊体化』で行けば、帝都での皇帝誕生記念祭の為の剣闘大会にギリギリ間に合うはずでござる!」


 カズマはそう漏らすと、『霊体化』で帝都に昼夜問わず、真っ直ぐ向かう。


 通常王国との国境付近の南部から北にある帝都まで馬車を飛ばして三週間弱ほどだろか?


 カズマはその距離を一週間足らずで、走破した。


 ほとんど不眠不休で進んだので、さすがに『ブシハクワネドタカヨウジ』という空腹への耐性や魔力消費軽減が付与される能力を持っていてもかなり厳しい旅であったから、カズマもげっそりする。


「……母上は剣闘場かその関連施設にいるとして、アンはどこにいるかわからないところでござるな……」


 カズマは『霊体化』のまま空の上をふらふらしながら帝都上空を浮遊する。


 そして、アンとの共通の知人となるとやはり、この帝都ではアンの脱走を助けてくれたアイスホークしか思いつかないと答えを出す。


「迷惑をかけるかもしれないでござるが、アイスホーク殿のところに行ってみるでござる」


 カズマはそう判断すると、アイスホークの自宅へと向かうのであった。



 コンコン……。


 カズマはアイスホークの家の前で扉をノックした。


 一人暮らしのアパートのような家の一つである。


 二度ほどノックして誰もいない事を確認した。


 そこへ、隣の部屋の扉が開く。


「……子供の訪問者……か。あんた、もしかしてカズマって子かい?」


 無精ひげの男性が、カズマをじろりと睨むと確認してきた。


「はい?」


「違うのかい?」


「いえ、そうですが……」


「アイスホークさんから伝言だよ。君のお姉さんは帝都郊外の南の村にあるうちの女性士官の家にお世話になっているから安心しろ、だとさ」


「言伝、ありがとうございます。──あの……、アイスホークさんはどちらに?」


 カズマはこのぶっきら棒な隣人にアイスホークの居場所を確認してみた。


「あいつは軍人だから、居場所を詳しくは言えないんだよ。でも、上官である将軍に付いて郊外で戦闘訓練をやっていると思う。皇帝陛下の誕生祭がもうすぐだから、その為の訓練だろうな」


 ぶっきら棒だが、カズマの質問にわかりやすく答えてくれた。


「ありがとうございます。──これ、お礼です」


 カズマはそう言うと背中のリュックから包みを一つその男性に渡す。


「なんだこれ?」


 男性は渡された包みの匂いを嗅いで確認する。


「来る途中、お昼に食べようと思って途中の(隣り街)屋台で買ったものなので、冷えてお口に合うかわかりませんが、どうぞ」


「……」


 男性はいい香りにつられたのか何も言わずに、包みを開くと、そこには白い大きな饅頭が二つ入っていた。


 その一つを無言で頬張る。


「……これ、帝都でも絶対売れるぞ? ありがとうな」


 男性はそう短く答えると、カズマの料理を褒めて扉を閉じるのであった。


「……やっぱりかー。おいしそうな匂いだったもの……!」


 カズマは、少し残念そうにつぶやくと、急いで路地裏に飛び込む。


 そして、脇差しを武器収納から取り出し、お腹に突き立てると、『霊体化』してアンの下へと向かうのであった。

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