第6話 突然の死が訪れる

 カズマは同世代の子供達の間で完全に浮いてしまっていた。


 力自慢の子供をやっつけた事で、仲間外れになった事もあったが、カズマ自身が強くなる為に相手をしている暇がないと自分の世界に入り込んでしまったからだ。


 昼間は母セイラ相手に木剣を振るって修練に励んでいたし、夕方、父ランスロットが帰ってくるとまた、そこで脇差しを握って相手をしてもらう。


 一日中、剣の修練に励む六歳のカズマには鬼気迫るものがあり、親であるランスロットとセイラも少し心配した。


「最近、お友達とも会う事も無くなったみたい……。あの子大丈夫かしら?」


「何があったか話してくれないのか?」


「ええ。もしかしたら、スキルの事で悩んでいるのかも」


「『ゴーストサムライ』……か。発動条件がわからない以上、どうしてやることもできないが……、だが、その他の事なら教えてやれる。俺はこれから忙しくなりそうだから、セイラ、頼めるか?」


「ええ、あなた。……ところで王都で不穏な動きがあるというのは、本当なの?」


 セイラは最近のお国事情について、夫に確認した。


「不穏どころか、今日、領主様から領兵隊を臨戦態勢にしておくようにと、命令があった。王都ではすでに、王家よりも実権を持つアークサイ公爵と、それに対抗すると称して兵を上げたホーンム侯爵の勢力とで、内戦状態に入ったようだ」


「え?すでに戦に!?」


「ああ。主であるイヒトーダ伯爵はどっちの勢力にも属していないから、中立を保とうとしているが、両陣営から自分のところに与するようにと要請が来ているらしい。だから中立を保っていつまで断り続ける事ができるかわからない」


 ランスロットはこの一見すると長閑なイヒトーダ伯爵領領都にも暗雲が立ち込め始めている事を心配した。


「アークサイ公爵は元々評判が悪い人物だし、ホーンム侯爵は野心家の貴族筆頭。どちらについても良い事がないと思うのだけど……」


 セイラは夫の悩みを案じて自分が知っている両陣営の評価をしてみた。


「そうなんだよな……。どちらもどっちとしか言えない状況だから、イヒトーダ伯爵も悩んでいるようだ。……はぁ。カズマの時代は平和な世であって欲しかったのだが……」


 ランスロットは溜息を吐く。


「私達の事は大丈夫だから、あなたはお勤めを頑張って頂戴」


 やはり元最年少王国騎士団長である。


 セイラの言う事には重みがある。


「ああ、家の事は任せた。俺は主の為にも出来る事をやるよ」


 ランスロットはセイラを抱きしめてキスするのであった。



 カズマは外の世界が騒がしくなっている事に気づく事なく、それから半年ほど毎日、黙々と木剣を振るっていた。


 その日も、庭の片隅で木剣を一心不乱に振っていた。


 そこへ、一人の武芸者と思われるボサボサの黒色の長髪を後ろで結び、鋭い黒色の眼光をした大きな体躯の男が訪ねてきた。


 その身なりはいかにも歴戦の勇士という感じだが、殺伐とした雰囲気がある。


「頼もう!」


 庭にいるカズマの事は気にもかけず、男は玄関に立つと扉を叩いて室内に声を掛ける。


 返事はない。


「……お母さんは出かけていますからいないですよ」


 カズマは終始扉を強めにドンドンと叩く男を不快に思い、止めさせる為にそう告げた。


「小童、お主、元騎士団長セイラ殿の息子か?」


「……はい」


「スキルは?」


「……お答えできません」


「なんだ。答えられないようなスキルなのか?」


「……」


「図星か。元騎士団長と副団長の子供なら、とんでもないスキル持ちかと思ったが……、意外にそうでもないのだな、がっかりだ」


 その言葉にカズマはムッとした。


 自分が馬鹿にされる事で両親まで見下された気がしたのだ。


「……『ゴーストサムライ』です!」


「?──それはスキル名か?」


「……はい」


「全く聞かないな……。いや、『サムライ』は聞いた事があるな。戦闘職だった気がする。──よし、小童、お前が親の代わりに俺の相手をしろ」


 大きな体躯の男は、無造作に剣を抜くとカズマの前に立つ。


「!」


 カズマは殺気を漂わせる目の前の男に震撼した。


 いや、前世の自分は武者震いだったかもしれない。


 しかし、六歳の子供が対峙するにはその殺気は凶器そのものであった。


「……ほう。俺の前に立っていられるのか、面白いな。スキルのお陰か、親の良いところを受け継いだのか、それとも鈍いだけか?」


 男はカズマを値踏みする。


「……」


 カズマは男からの殺気を跳ね返すように踏ん張った。


「ふむ。これは後で災いの種になるかもしれん。殺しておくか」


 男は、無造作にそう言うと、一歩踏み出す。


 カズマはその言葉に本気を感じて手にしていた木剣を構えた。


 次の瞬間、その木剣が真っ二つに断たれる。


 男が無造作にそれでいて目にも止まらぬ速さで剣を振るったのだ。


 しかし、カズマは斬られる事を予測のみで上体を逸らして、首の皮一枚で躱していた。


 しかし、男は躱された事に全く動じず、返す剣でカズマの無防備なお腹を深々と切り裂く。


「!」


 斬り返しのあまりの速さにカズマは反応できずに目を見開き、そして、お腹からの血飛沫と共にそのまま仰向けに倒れた。


 急速に体が冷たくなっていくのがわかる。


 激痛と共に死が近づいていた。


「がふっ」


 カズマは血が逆流して言葉もろくに話せない。


「まさか首を狙った一振り目を躱すとはな。そのせいで腹を斬る事になったが、それだと痛いだろう?だが安心しろ、その深さなら出血が多くてすぐ痛みも麻痺して死ぬ。そうだ、お前の両親も後を追いかけさせるから安心しろ」


 男はカズマの死を見届ける事無く、その場を後にする。


 両親が帰ってくるのを待っているのが面倒だと思ったようだ。


 カズマはそれを遠ざかる意識の中、霞んでいく視界に捉えながら、冷たくなっていった。



カズマは完全にこと切れた。


その瞬間であった。


「発動条件である『ハラキリによる死』を確認しました。スキル『ゴーストサムライ』が使用できるようになりました。おめでとうございます」


 カズマは真っ暗な死の縁の中、覚醒する脳裏に聞こえるその言葉をはっきりと認識するのであった。

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