第2話 洗礼の儀

 カズマの実家であるナイツラウンド家は現在、イヒトーダ伯爵の腹心となり、父ランスロットが領兵隊長として仕えている。


 母セイラはカズマを妊娠した事を機に王国騎士団長の座を降りて夫ランスロットを支える為に主婦になった。


 この二人は最年少で騎士団長と副団長に就任した実力者であったが、その為、嫉妬される事も多く、敵が多かった。


 ランスロットはそれが嫌で、セイラの妊娠をきっかけに職を辞して田舎に引っ込む事にした。


 その時声を掛けてくれたのが、イヒトーダ伯爵だった。


 この人物は王国の政界では権力争いには加わらず、敵を作らないタイプで、田舎の領地を統治して満足していた。


 そんな貴族としてはとても珍しい人物だったが、ランスロットはイヒトーダ伯爵の息子に剣を教えた事もあり接点があった。


 そこへ「最近、うちの領地に魔物が出て困っているから、ちょっと退治してくれないか?住むところは用意するから」と、誘われたのだ。


 ランスロットとセイラはこの誘いに乗って移住を決心した。


 その後、元王国騎士団副団長の経験や、魔物討伐の手柄もあってランスロットはすぐに領兵隊長に就任した。


 カズマの実家は領都の郊外にある一軒家で、家族でつつましく生活するのに十分な土地があった。


 妻のセイラはカズマを育てながら、家庭菜園で自給自足できるだけの食料を育てている。


 カズマはそこですくすくと育ち、現在四歳になっていた。


 カズマは相変わらず誰に習ったわけでもなくプレゼントに貰った木剣で、家の庭の隅で独特な構えと素振りを見せていた。


「六歳になって洗礼の儀を行ったら、あの構えや振りは修正しないといけないかもと思っていたんだが……」


 父ランスロットはカズマの様子を見て妻のセイラにそう漏らした。


「私もそう思ってたわ、でも──」


 セイラもランスロットの言いたい事がわかったのか賛同するように、言葉を繋ぐ。


 そして、


「「あのまま伸ばした方が良いかもしれない(わ)」」


 と同じ台詞が出て来た。


「うふふ。同じ事を考えていたわね」


「ああ、そうだな。──カズマのあの剣の振り、本当に独特だが無駄がないんだよ。洗練されている事に気づいたよ」


 ランスロットは夫婦で考える事は同じだな、と笑顔を浮かべる。


「それに、あの子の剣の振り、いつも片方の刃しか使用しないの気づいた?斬り方も手元に引くような独特なもので両刃の剣とは違う武器を使用しているように見えるの」


「それは気づかなかった……。さすが元王国騎士団長様だな。──そう言えば、片刃の少し反った切れ味に特化した武器が遠方の国にあるらしいんだが、それがセイラの指摘するような使用法だった気がする……」


「そうなの?さすがに私を補佐してくれた元副団長様ね。何でも知ってるわ」


「よせやい。セイラが気付かなかったらこの知識も頭の隅で眠ったままだったさ」


 二人はカズマの練習を眺めながら、良い雰囲気になる。


 その事には気づかず、カズマは庭で一生懸命、素振りを繰り返すのであった。



 カズマは六歳になった。


 この日は教会で洗礼の儀が行われる。


 これは不思議な儀式で、六歳を迎えた子供達が教会で神父と共に主神である女神ミステリアに祈りを捧げると全員が祝福され、スキルを与えられるのだ。


 教会は女神の祝福の賜物と言っているのだが、教会に来ていない不信心な子供にも同じようにスキルが与えられる事から、疑わしいところもあるのだが、この国ではミステリア教が国教なのでそれを口にする者はいない。


 とにかくこの日、カズマも教会に両親と共に訪れていた。


 神父が祭壇に祈りを捧げる姿をカズマは不思議な気持ちで眺めていた。


 今日はずっとフワフワした気持ちでいたのだ。


 それが何かわからない。


 だが、生まれてずっと、何かモヤモヤしたものが頭の片隅にあって、それが何かよくわからずにいた。


 それが今日、初めてモヤモヤせず、フワフワした気持ちになっているから、不思議だったのだ。


 そして、カズマは神父を真似して祈っているとそれが一層強まっていく。


 カズマが祈りながら祭壇のミステリア像を見上げた瞬間であった。


 まばゆい光が、教会内を照らす。


「な、なんだ!?」


 これまでにない現象に神父が素っ頓狂な声を上げた。


 カズマも父ランスロット、母セイラも驚きの表情だ。


「……え?」


 教会内にいる全員はこの現象に驚き、ミステリア像に注目していたのだが、カズマは一人別の事に驚いたように周囲を見回した。


「そうか……、モヤモヤしていたのは、記憶が欠けていたからでござる……か」


 カズマは急に自分が何者であるかに気づいた。


 いや、自分の前世が何者であるかについてである。


 そう、前世の記憶を思い出したのだ。


 そしてカズマは察した。


 自分は生まれ変わる時点で、他の者とは異なる転生条件だった為、何か欠けた状態で生まれてきたのだと。


 その齟齬を埋める為に主神である女神ミステリアは、今回、奇跡を起こしてみせたのだが、その副反応でカズマの前世の記憶を目覚めさせてしまったのだ。


 それがカズマにはすぐわかった。


 なぜなら、カズマは前世ではサムライの人生を経て、仇に憑りつく霊になり、数百年もの間前世の世界を仇の子孫達の背後で見聞を広めていたからだ。


 だから異世界転生という言葉もよく知っている。


 最後に憑りついていた青年がその関連の本を沢山読んでいたからだ。


「御伽噺と思っていたけど……、あれは実在する話だったでござるか……」


 カズマは一人事をぶつぶつとつぶやいていると、いつの間にか列に並ばされて前に進んでおり、奥の部屋にいる神父の前に立っていた。


 その間には水晶玉がある。


「前に座ってこの鑑定玉に手をかざしなさい」


 神父がぼーっとしているカズマを促す。


「は、はい!」


 カズマははっと現実に戻されると、神父の言う通り、前に座り水晶玉に手をかざす。


「……そなたのスキルは、『ゴーストサムライ』だ」


「はい?」


 今世では全く聞いた事が無いが、前世ではどこか聞いた事がある単語を組み合わせたスキル名に、間の抜けた声で聞き返すのであった。

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