第3話 発動条件

 神父は水晶玉に表示されたスキルを子供に教えるのがこの儀式での一番の仕事であった。


 だが、この日は今までになく、神像が光るという想定外の事が起きた後でもあったので、落ちつかずにいた。


 だが予定は詰まっているから、淡々と仕事をこなしていたのだが、目の前の子供のスキルを読み上げた。


「……ゴーストサムライだ」


 え?何それ?神父歴三十五年目だけど聞いた事が無いスキルじゃないか?


 神父は内心ではそう驚き、疑問に思いながらも、順番を待っている子供達がいるから、キョトンとする子供をどかせて、次の子を鑑定するのであった。



 カズマは、自分のスキルが今世では初めて聞くものだったから、本気で戸惑った。


 席に戻ると父ランスロットと母セイラが戸惑うカズマに、スキルについて他の者に聞かれないように小声でどうだったか聞く。


 個人のスキルについては、あまり他人に言う事ではないのだ。


 中には望むスキルが貰えた事に喜んで「やったー!鍛冶師だ!これでお父さんの後を継げるよ!」と、大きな声で言うと、女神ミステリアに感謝する者もいた。


 もちろん、シスターに注意されて静かになる。


 そんな中、カズマは「ゴーストサムライ」という聞かないスキル名を両親に話した。


「「……ゴーストサムライ?」」


 二人共聞いた事がないスキル名に、カズマ同様、首を傾げる。


 そして、かなり困りだした。


 それも仕方がない。


 と言うのも、スキルを与えられただけでは何の役にも立たないのがこの世界の常識だからだ。


 それはどういう事かと言うと、スキルを与えられたら、そこでスキルの発動条件を満たして使えるようにしないといけない。


 例えば、スキル「鍛冶師」。


 この「鍛冶師」を使えるようにするには、金床と金槌を新調し、それを三回打ち付けると、そこで初めてスキルが発動し、使えるようになっていく。


 つまり、前世で言うところの、TVゲームの初期設定をするようなものだ。


 もちろん、前世でも自分はやった事が無いが、憑りついていた青年が友人に説明しながらやっていたのを見て覚えていた。


 だからみんなまずはその初期設定を行い、これからの人生、長い付き合いになるスキルを発動させ成長させていくのだが、スキル名が珍しいとその発動条件がわからないのだ。


 そうなるとスキルを発動させ成長させられないし、他の人にも後れを取る事になる。


 それがわかったからこそ、父ランスロットと母セイラは真剣に悩んでいるのだ。


「他の子供達のスキル鑑定が終わるまで待って、神父様に聞くしかないな……」


 父ランスロットはカズマの頭を撫で、母セイラを抱き寄せると、不安にさせないように三人で身を寄せるのであった。



 カズマ達親子は、全ての子供のスキル鑑定が終わると、すぐに神父の元に行った。


「先程の子供……。──スキルの事ですね?」


 神父はすぐに察した。


 なにしろ、スキル鑑定の間、「ゴーストサムライ」というスキルを聞いた事が無いので気になり過ぎて、他の子のスキル鑑定については上の空だったのだ。


「はい。私達夫婦はこの子の『ゴーストサムライ』というスキルの名を聞いた事がありません。わからないという事は発動できないという事なので、このスキルについてご教示願いたいのです」


 父ランスロットは妻と子を代弁して聞いた。


「その為にこそ、このミステリア教があると言っても過言ではありません。各教会にはスキルとその発動条件を記した書物が常備してありますからご安心を。シスター、全ての書物をこちらに持ってきてくれ」


 神父は自信満々に答えながら内心では、不安でしょうがなかった。


 この異世界にはスキルだけでも数万種類あると言われている。


 ミステリア教はその数万種類のスキルを合計百八冊に及ぶ分厚い書物に網羅しており、その発動条件もほとんど解明しているのだ。


 だが、神父の記憶の中にはその百八冊の書物の中に「ゴーストサムライ」という名のスキルを見た記憶が無かった。


 しかし、スキル数は数万種類もある。


 きっと自分が覚えていないだけだと、考えを改めていると、神父の前に書物が次々と持ち込まれるのであった。


 神父は早速、スキル「ゴーストサムライ」について調べ始めた。


「ゴ」から始まる書物を早速開き、何度も確認する。


 だが、時間だけが無為に過ぎていく。


 あ、もしかすると、非常に稀なスキルで、書物の一番最後の方に名前くらいは記述されているかもしれない!


 神父はそう考えると分厚い百八冊目の書物を開いて最初から目を皿にして確認する。


 だが、やはり無かった。


 いや、「サムライ」というスキルはあった。


 だが、「ゴーストサムライ」というスキルは無い。


 それに、このミストリア教を主神とするこの異世界には霊という概念が無いから、神父には「ゴースト」という意味が理解出来ずにいた。


 そんな馬鹿な……。ミステリア教で把握されていないスキルがこの現代に存在するわけがない……!


 神父は書物を手にしたまま、呆然とした。


 その間、沈黙の時間が過ぎたが、事実を伝えなくてはならない。


「残念ですが、お子さんのスキルは、未発見の新スキルである可能性が高いようです。つまり、発動条件も未知。ですから、そのスキル名を頼りに手探りで発動条件を見つけるしありません……」


 これは残酷な知らせだった。


 手掛かりも無くゼロから見つけるという事がどういう事か。


 それは人生を掛けて色んな事を試し続けても、見つけられないまま死ぬ可能性もあるという事だ。


「手掛かりは何も無いのですか……?」


 父ランスロットが息子カズマを不安にさせたくなかったのだろう、平静を装って神父に聞いた。


「『ゴーストサムライ』はわかりません、しかし、『サムライ』というスキルだけなら、この国ではない遠方にある他宗教の国家で、確認されているようです。ちなみに『サムライ』の発動条件は……、異国のカタナという武器を新調して装備し、瞑想する事、のようです」


 神父は書物にある「サムライ」の記述のある部分を読んで何かのヒントになるかと思い、それを教える事しか出来なかった。


「カタナ?聞かない武器の名ですね……」


 物知りであるランスロットも知らなかったから考え込んだ。



 そんな中、カズマは一人、心配する事無くポカンとしていた。


「ゴーストサムライ」はともかくとして、「サムライ」ならわかるし、「カタナ」も「刀」の事だろう。


 もし、スキル「ゴーストサムライ」が自分の前世に強く関係しているとしたら、発動条件はすぐに見つかるかもしれないと思った。


「大丈夫だよ。お父さん、お母さん。自分で発動条件は見つけるから心配しないで!」


 カズマは心配する大人を他所にそう力強く断言するのであった。

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