第27話 武士は食わねど高楊枝
カズマはアゼンダ子爵の館に一泊させてもらった。
そして、翌日。
アゼンダ子爵の書状を受け取り、中立派の盟主としてツヨカーン侯爵を迎えるべくイヒトーダ伯爵の書状と共に送り届ける事にした。
アゼンダ子爵は最初、自分の部下を付けると言ってくれたが、一人の方が早いと断った。
すると、カズマの身分を保証する札を新たに渡してくれた。
イヒトーダ伯爵から発行してもらった札もあるが、ツヨカーン侯爵領でなら、アゼンダ子爵のサインの入った証明の札の方が効力を発揮するだろうと用意してくれたのだ。
カズマはアゼンダ子爵にお礼を言うと、いつもの大きなリュックを背負い、子爵の館を後にするのであった。
カズマは人目を避けるように林に飛び込むと、そこでやっと『霊体化』してツヨカーン侯爵領に向かう。
アゼンダ子爵が言っていたように、他の勢力の間者がどこで見ているかわからない。
アゼンダ子爵の館から出て来た旅装の子供は特に目立つだろう。
そう思い、カズマは念の為、その場に浮遊して周囲を見渡した。
すると一人の男が林に消えたカズマを追って来たのだろうか、カズマが木陰に飛び込んだ辺りまで来て、きょろきょろと周囲を探している。
そして、カズマを見失った事がわかったのか、苦虫を噛み潰したような表情になるとアゼンダ子爵の館の方に引き返していくのであった。
「本当に監視されていたでござるか……。こうなるとツヨカーン侯爵領ではもっと気を付けないといけないでござる」
カズマは『霊体化』時のござる口調でそう自分に言い聞かせると、先を急ぐのであった。
アゼンダ子爵領と、ツヨカーン侯爵領の領境は、検問所が比較的に長閑であまり緊張感のないものだった。
それを上空で確認したカズマは道なりにツヨカーン領都に向けて飛んでいく。
昼まで進んでいたが、カズマは食事の時間を惜しんでそのままツヨカーン領都に向かう事にした。
その間魔力は当然ながら減っていく。
カズマはその為、『霊体化』している間中、強い空腹感を感じる。
「魔力の減りと空腹感は同義でござるか……」
カズマはそれでももうすぐツヨカーン領都に到着できるので我慢して進んだ。
そして、領都の手前の森を直進して越えようとしていた最中であった。
その上空で突然『霊体化』が解けたカズマは木々の合間を枝を折りながら落ちていく。
「イタタタタタッ!」
カズマは落下しながら近くの枝を掴もうとしては失敗しながらも、そのお陰で落下速度は落ち、地上から数メートル上の大きな枝に引っ掛かって止まった。
「ぐえっ!」
カズマは「く」の字で枝にお腹をぶつけて変な声が出る。
その瞬間、頭の中で「声」がした。
「魔力の枯渇限界まで『霊体化』を使用した事により、『ブシは食わねどタカヨウジ』を取得しました。これにより、空腹我慢耐性が付与されました。能力使用時の魔力消費量が軽減される事になりました」
カズマは変な能力を覚えた事を、枝に「く」の字になったままの状態で知る事になった。
ちなみに、「武士は食わねど高楊枝」とは、武士は貧しくて食事ができなくても、あたかも先程食べたかのように楊枝を咥えて見せる。武士の清貧や体面を重んじる気風を表現した言葉で、やせ我慢する時に使う言葉だ。
カズマはいつもの通り、「声」に脳内で質問してみる。
「それって『霊体化』の時間が伸びたって事かな?」
「はい。『ゴーストサムライ』の能力全般に適用されます」
「『ゴーストサムライ』の能力って、『霊体化』くらいしか魔力消費する能力ないんだけど?そもそも、生活魔法も使用できないし……」
カズマは「声」が嫌味を言っているように聞こえて、愚痴を漏らした。
「『ゴーストサムライ』には魔力を使用する能力は各種あります。それをまだ、使用していないだけです」
「え!?それってその気になればまだ、使える能力があるって事?どんなのがあるの?教えて!」
「それは自らの力で発見して下さい」
「……ぐぬぬ。ヒントを頂戴!」
「スキル『ゴーストサムライ』の名から、想像してください。ヒントは以上です」
「ちょっ、待って!」
……。
反応がない。
質疑応答時間は終了のようだ。
「でも、『霊体化』以外にもちゃんと能力があるのがわかっただけでも、良しとするか!」
カズマはそう自分に言い聞かせると、枝にぶら下がって足元の安全を確認する。
そして、飛び降りると数メートル下に着地した。
ぐー。
カズマのお腹が鳴る。
魔力が枯渇しているから、『ブシは食わねどタカヨウジ』も能力発動のしようがないようだ。
「お腹空いたし、食べながら行くか」
カズマはリュックから小さい包みを取り出し、その中から少しだけ残っていた黒パンの欠片を取り出して齧る。
落下した地点から領都は近いし、街道も傍のはず。
カズマは上空から見た自分の位置を思い出してそう考えると、硬いパンを齧りながら、森を横断する事にした。
しばらく歩いていると、深い森の上に空が開けてきた。
もうすぐ、森を抜けられそうだ。
カズマは最後の黒パンの欠片を飲み込むと、歩みを速めた。
茂みを抜けたその先に、ばったり小さい牙の生えた緑の小人の背中に遭遇した。
「ゴブリン!?」
カズマは出会い頭の魔物の背中に声を掛けてしまう。
これには背後を取られたゴブリンも振り向いて一瞬ギョッとしたが、手に持っていたこん棒を構えた。
カズマもすぐに武器収納から脇差しを取り出して構える。
お互い出方を伺っていると、しびれを切らしたゴブリンがすぐに殴りかかってきた。
カズマはそのタイミングに合わせて一歩踏み込むと脇差しを抜いてゴブリンの首を刎ねる。
首のないゴブリンはこん棒を落とし、カズマに抱きつくように倒れた。
そのせいで首から噴き出すゴブリンの緑の血がカズマの体に掛かる。
その悪臭にカズマは「!」と、驚いてゴブリンの体を突き飛ばし、距離を取っても後の祭りだった。
「これ洗濯しないと駄目じゃん……。近くに川あったっけ……?」
カズマは脇差しを片手に呆然と、自分の姿を見た。
水が欲しいと思った時だった。
脇差しの先から水がジャバジャバと吹きだす。
「!?」
カズマは慌てて脇差しを突き出してみたら、前世で千年以上昔からある日本伝統の芸のひとつ、『水芸』のように刃先から水が噴き出している。
「……これが『ゴーストサムライ』で使える魔法かい!」
カズマは滑稽な魔法に思わずツッコミを入れるのであった。
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