第51話 中立派勢力整う

 怒りに我を失っていたヘビン辺境伯の子息であり、『剣王』スキルの持ち主であるジンは自分が負けた事に呆然としていた。


「私が、負けた、だと……?」


「これで勝負はついた。息子も一人の武人だ。一番負けた理由については自分がわかっているだろう。──ジンよ。納得出来たな?」


 ヘビン辺境伯は息子が正気に戻って再度怒り出す前に勝敗を決すると話を進める。


「武人に二言はありません……」


 ジンは悔しそうな表情を浮かべていたが、下唇を噛み締めて我慢するように答えた。


 あれだけ散々挑発されたのだ、さらに向かってくるかもしれないとちょっと心配していたカズマは少し安堵する。


 怒りださないのはそれほど七歳の子供に油断して負けたショックが強すぎたということだろう。


 冷静に立ち会い、普段の実力を発揮すれば、カズマでは相手にならなかったはずなのだ。


 それを魔法剣に頼り、怒り任せに振るった。


 勝てるものも勝てない無様な試合だったと言っていい。


「僕も勝つ為とはいえ、ジン殿を挑発する駆け引きが過ぎました、すみません」


 カズマは素直に頭を下げて謝った。


「……剣を一瞬交えただけで、使者殿の人となりはわかった気がする……。挑発は勝利を手繰り寄せる為の手段の一つ。普通にやったら私が勝っていたとは思うがな」


 ジンは落ち着いてみて、冷静な視点からそう評した。


 負け惜しみで無く実際、十回やってカズマの勝機は先程の一回が限界だろう。


 カズマも挑発は卑怯な手段とはわかっていたが、勝てない相手に勝つには手段の一つとして行使せざるをえなかった。


 こちらにも背負っているものがある以上、卑怯と言っている場合ではないのだ。


「僕もそう思います。ですがジン殿。戦場ではその一回が死に直結する事も事実。今後は挑発に乗ることなく冷静な判断ができるよう、父君であられるヘビン辺境伯の冷静な立ち居振る舞いを習う事が肝要かと思います」


 七歳の子供の口からでるアドバイスではないが、ジンはそれを真剣に聞いていた。


 そして、ふと相手が子供だと思い出し、自嘲する。


「……そうだな。私は多少驕っていたようだ。父を敬い、父の判断を尊重しよう。──全面的に父を支持する」


 ジンは憑き物が落ちたように晴れ渡った表情でカズマの言葉に応じた。


 次、もう一度勝つ為には僕の方がさらに成長しないと可能性はゼロに低いでござるな。


 カズマはジンが大きく成長する瞬間を目の当たりにして、心からそう思うのであった。



 ついにカズマはヘビン辺境伯も説得する事に成功し、イヒトーダ伯爵の描いた中立派勢力の結束を、ツヨカーン侯爵の元で一つにする事が出来た。


「……あとは、各中立派貴族の書状を王家に提出して認めさせるのみ。それで国内の勢力は三つになって均衡が保たれ、争いも無くなるはず……。やっと家に帰れるぞ……!」


 カズマは両親や幼馴染であるアン達の顔を思い出し、もうすぐ終わる旅に安堵の溜息が漏れるのであった。


 それからのカズマの動きは早かった。


 ヘビン辺境伯からの書状を受け取ると、すぐに領都ヘビンを発つ事にした。


 ジンが名残惜しそうに、


「次また会う時は、ゆっくり剣を教えてやるぞ!」


 と、元気よく言うと手を振って見送る。


「本当に護衛を付けなくていいのだな?」


 ヘビン辺境伯は何度もカズマの身を案じて確認したが、時間が惜しい。


 カズマは丁重にお断りすると、安心させるように、


「辺境伯とジン殿には僕の能力をお見せしてお別れします」


 と答えると脇差しを武器収納から取り出す。


「それでは、さようなら」


 カズマはそう言うと脇差しをお腹に刺して『霊体化』する。


「「うぉふ!?」」


 ヘビン辺境伯と息子ジンはカズマの行動に驚き、変な声を上げた。


 親子で同じリアクションにカズマは笑うと、そのまま浮遊して一路、南西に向かって進むのであった。



 カズマが目指すは王都ではなく、その王都に近い中立派貴族ドッチ男爵領であった。


 ドッチ男爵はオーモス侯爵、ヘビン辺境伯を説得出来たら自分も中立派に賛同すると約束していたので、合意の書状はまだなのだ。


 カズマはその書状を受け取って、王都にそのまま乗り込む予定だ。


『霊体化』したカズマは、能力『ブシは食わねどタカヨウジ』と合わせて、長時間の大移動を敢行し、わずか数日でドッチ男爵領まで到達した。


 領都に到着後、すぐにドッチ男爵邸に乗り込んだが、前回と違い大歓迎であった。


「よくぞ、こんな短期間で戻ってきたな!」


 ドッチ男爵はカズマの一報を心待ちにしていたのか、安堵した表情でカズマを応接室で出迎えた。


「いらっしゃい、カズマ君!」


 娘のルーもオークから助けてくれた命の恩人であるカズマの来訪を心待ちにしていた。


「そなたが来たという事は、そういう事なのだな?」


 ドッチ男爵は、カズマの返答を待たずにそう確認する。


「──はい」


 カズマの一言に、ドッチ男爵は改めて安堵の溜息をつく。


「そうか!──実はな、カズマが去った後、急にアークサイ公爵、ホーンム侯爵両勢力からの圧力が強くなってしまってな。どちらかに付くべきではないかと散々迷っていたのだよ……」


 ドッチ男爵は王都に近い領地持ち貴族なので、直接の圧力が相当強かったようだ。


「怪しい人間も最近、沢山領都に入って来て、私も外出がままならないの」


 ルーも状況が切迫していた事を漏らした。


「だが、これで中立派勢力を名乗り、その庇護下にある事を公言できる。カズマのお陰だ、ありがとう。──そして、これが王家に届けてもらう書状だ」


 ドッチ男爵は暗かった表情も笑顔になってカズマに書状を渡す。


「王都ではうちからも護衛を出すから安心してね」


 ドッチ男爵の娘ルーは当然とばかりに提案する。


「それだと、王都まで時間が掛かるので、遠慮しておきます」


 カズマは「王都まで」と勘違いした。


 そして、一人の方が早いからと、即決で断る。


「それはわかっている。王都内での話だ。──実はな、王都にある私の屋敷にはすでに手紙を出して君が到着したら全ての事に協力するように言い渡してある。王家に書状を届ける為にも護衛からその他諸々の手続きまで現地のうちの者に任せてくれて構わない。もちろん、書状自体は君の手で陛下に渡してくれて構わないぞ」


 どうやらドッチ男爵はカズマを送り出してからは中立派になる気満々で裏で動いてくれていたようだ。


「君には二度手間でここに来てもらったが、そのお返しはしっかりさせてもらうよ」


 ドッチ男爵はそう続けると、カズマと握手を交わすのであった。

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