第13話 少女のスキル

 近所の少女アンはカズマの母セイラを尊敬していた。


 別に最年少元王国騎士団長の肩書きを知っているわけではない。


 ただ単に、こちらに引っ越してきた時、カズマをお腹に宿した臨月にも拘らず、丁度、魔物に襲われそうになっていたアンをセイラが助けたのがきっかけであった。


 その弾みか、その直後破水して、カズマが生まれたのであったが、セイラは出産に立ち会う事になったアンに息子と仲良くしてねとお願いされていたから、それを守れずにいた自分を恥じたのである。


 だから、それを謝罪できた事で肩の荷が下りたのか、翌日から毎日ナイツラウンド家に足を運ぶようになった。


 アンは綺麗な容姿の可憐に見える少女だったから近所でも評判だったが、それに反してというか活発な面を持っていた。


 いや、セイラと出会った事でそれが刺激されたと言うべきか。


 そして、その活発さでもって、命の恩人であるセイラとの約束を果たすべく、改めてカズマと実の姉弟のように接するようになったのであった。



 カズマは毎日、アンが来てもやる事は一緒で、剣を振る修練に励んでいた。


 アンもそれは一緒で、セイラが見守る中、棒切れを振る。


 カズマは最初自分の修練に集中していたが、横で棒切れを振るアンのひた向きな姿勢に感心し始めていた。


 正直、スキルの差で、剣の修練にも差が出るものだ。


 剣に関するスキルなら、実力は励めば励むだけぐんぐん伸びていくが、長所を伸ばすようなものだから当然である。


 しかし、そうでないスキルを持っていたら、凡才の能力を伸ばすのは大変であり、かなりの努力が必要になる。


 もちろん、スキルとは別に個々の最初からある基本の運動神経も加味されて行く。


 それでも、スキルによって向き不向きはあるから、アンのスキルが何か知らないが、頑張る姿勢は評価できた。


「……アンちゃん。もしかしてあなたのスキル、剣も振れるものじゃない?」


 母セイラが、アンの棒を振る鋭さからそんな予想を口にした。


「……セイラおばさんには言っておきます。……私──」


 アンはカズマに聞こえないように、セシルの耳元でごにょごにょと自分のスキルを口にした。


「──あら、そうなの?……そうなると伸ばし方がかなり変わってくると思うのだけど……、どうしようかしら?」


 セイラがアンのスキルを知って考え込んだ。


「いえ、私、今のままでいいです。自分のスキルが恥ずかしくて他の人には言えないから、他の事を努力して伸ばしたいんです」


 アンは今、十歳。


 思春期になって自分のスキルの存在を受け止めきれないようだ。


 そんなに恥ずかしいスキルなんてあったかな?


 カズマは首を傾げた。


「アンお姉ちゃん。スキルは変えようがないものだよ。それは自分の最大の長所、才能だから。実際、アンお姉ちゃんのその能力の一つを駆使して僕達を観察していたでしょ?」


 と六歳とは思えない正論をカズマは言った。


「うっ……!」


 アンは弟扱いのカズマのもっともな指摘に、言い返せず言葉に詰まった。


「それに、スキルは使い方次第だって言うじゃない?僕のスキルだってこの世界で初めて確認されたものらしいし、ふざけた能力ばかりでどう使おうか考えているところだよ。アンお姉ちゃんも自分のスキルについて一緒に考えよう!──それで、アンお姉ちゃんのスキルって何?」


 カズマは率直な意見を言うと、一番肝心な事を聞いた。


「どうしよう……。カズマ……、絶対に笑わない……?」


 アンは言うかどうか迷いに迷って、カズマの反応を心配した。


「(笑う?笑えるようなスキルってない気がするけど……?)大丈夫、笑わないよ!」


 カズマは笑顔で答えた。


 無邪気でかわいいその物言いに、アンは内心心を射抜かれると、勇気を出して告白した。


「わ、私のスキルは……、『旅芸人』なの!」


「……え?」


「……旅芸人……なの」


「……う、うん。どんまい……」


 前々世から今世まで無縁であった職業、いや、サムライからしたら、娯楽として楽しむものであってやるものではないという意識が強い職業であったから、本当に反応に困って、絞り出して出た言葉がそれであった。


「!──セイラおばさん!カズマの反応酷いよ!」


 アンは涙目になってセイラに泣きついた。


「カズマ!アンちゃんが勇気を出して自分のスキルを教えてくれたのにその一言は無いわよ?」


 息子の反応を親としてきつく注意した。


「……ごめんなさい。あまりにも意表を突くスキルだったから……」


 カズマは、自分のスキルも大概だが、アンのスキルもかなり困るもののように思えた。


 なにしろアンの実家は領都の片隅で裁縫店を営んでいる。


 女の子でも実家を継げる職業だし、親も娘であるアンに継いでほしかっただろう。


 だがそれに反して、根無し草で各地を転々とする事が得意な『旅芸人』である。


 親は残念がっただろうし、アン自身も同じだろう。


 だから誰にも言えず、ひた隠しにしてきたのだ。


 アンがセイラの元で剣の腕を磨こうとしたのは、そんな自分の可能性を他に求めた結果だった。


「……もういいわ。カズマの言う通り、スキルは変えられないものだもの。確かに現実を見つめないといけないわ。私、逃げない。でも、これからもカズマと一緒に剣の腕は磨くわよ?セイラおばさんから学ぶ事で勇気を貰えたし、少し筋肉も付いた気がするもの!」


 アンは溜息を吐くと、自分の絶望的な将来と向き合おうのであった。


「アンちゃん、自分のスキルについて誤解し過ぎよ。『旅芸人』は、確かに芸を磨く事で伸びるスキルだけど、その能力は多種にわたっていて、実はかなり優秀なのよ?これからはアンちゃん、その能力を伸ばす為に一緒に頑張りましょう」


 セイラはそうアンを励ますと、カズマと一緒に抱き締めるのであった。

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