第49話 一難去ってまた一難
ヘビン辺境伯は忙しいスケジュールの中、夕食の時間を割いて、カズマとの面会に応じた。
「わずか三日の間に何かできたのか?片道の時間にも足りないと思っていたが、まさか無理だと言いに来たのか?」
ヘビン辺境伯は子供相手でも容赦なく厳しい言葉を投げかけて来た。
「──いえ。まずはこれを。現場責任者からヘビン辺境伯宛てのものです」
カズマは自分の言い分を告げる事無く、書状を差し出した。
「……謀ったな?ここに来る時すでに現場責任者からもらっていた書状を隠していたのだな?」
ヘビン辺境伯は書状の名前を確認して自分が派遣した現場責任者の筆跡とすぐにわかり、そう憶測を立てて見せた。
「中身をご確認ください。日付も書いてくれるようにお願いしていたので、いつのものかわかると思います」
カズマは眉一つ動かすことなく、淡々と答えた。
「……。……なっ!そんな馬鹿な……。──どうやら、本当に三日でオーモス侯爵領との道を開通させた……、ようだな」
ヘビン辺境伯は書状を読みながら沈黙したり、驚いたりしながら最後まで読むと、納得する姿勢を見せた。
「驚きました。さすがのヘビン辺境伯も信じてくれないかと」
カズマは皮肉ではなく、正直な感想を漏らす。
「……この書状が偽物なら私にも筆跡ですぐ気づく。この書状を書いたのは信用している部下だしな。使者殿の言う事を信じよう。──疑い、試すような事をしてすまなかった」
ヘビン辺境伯は素直に自分の非を認めると謝罪した。
カズマはこんな子供に頭を下げるとは思っていなかったから内心驚くのであったが、今はそれどころではない。
カズマの使命はツヨカーン侯爵、オーモス侯爵の書状をこの辺境伯に渡して説得し、中立派を結束させ、第三勢力を作り上げる事だ。
その為のきっかけにはこのヘビン辺境伯の力が大きい。
なにしろヘビン辺境伯率いる軍隊は北東部の国境線では王国軍以上の強さを誇るからだ。
北部、北東部はオーモス侯爵、ヘビン辺境伯がいるからこそ、国内での争い中でも諸外国を牽制できている。
そんな強力な貴族を味方に出来れば、中立派が第三の勢力として両勢力から認められる事になるだろう。
そうなれば、イヒトーダ伯爵の描いた策が現実のものになる。
カズマはそれらの重大な使命の中、緊張しながら両侯爵の書状を渡すのであった。
「……確かに受け取った。中身については後日返答しよう。──誰か使者殿にも食事の用意を」
重要な書状である事を理解しているヘビン辺境伯は、その場で目を通す事を避け、今はカズマの労を労うのであった。
カズマは二日、城館で返事を貰える事なく、用意された豪華な部屋で過ごしていた。
これまでの反応から決断が早そうなヘビン辺境伯にしては意外に待たされている状況だ。
「……ちょっと、覗き見しようかな」
カズマはそうつぶやくと脇差しを武器収納から取り出し、慣れた手つきで自らのお腹に刺す。
そして、『霊体化』するとヘビン辺境伯の執務室に向かうのであった。
「父上、すでにみなが申し上げている通り、百歩譲ってオーモス侯爵ならいざ知らず、子供を使者に使わすような軽率なツヨカーン侯爵を盟主にする事など反対です。危険すぎます」
ヘビン辺境伯の嫡男と思われる若い青年が反対意見を述べていた。
「自分も坊ちゃんの意見に賛成です。領主軍を任されている身としては、そんな相手の為に軍を動かすわけにはいきませんよ」
「お前達、オーモス侯爵も使者の少年を支持しているのだぞ、それを忘れるな。それに彼は約束通り、オーモス侯爵領との間を塞いでいた大岩二つも取り除いた実績がある。信じて良いと思う」
「父上!この辺境伯領においては、武人として力を示させるのが一番でしょう!私にその少年と試合をさせてください。剣を交えればその少年の事は大抵見抜けます」
嫡男は相当な剣の腕の持ち主なのか、かなりの自信を見せた。
「馬鹿を申すな!相手はまだ七歳の少年だぞ?お前はもう、十六歳。それに近隣でも有名な『剣王』のスキル持ち。そのような差が歴然としている状況で、使者を相手に試合などやらせられるか」
ヘビン辺境伯はその剣の腕前から、領内での発言力も大きい息子の説得に苦労していた。
「主殿。ジン坊ちゃんに任せてみては?戯れとして使者と軽く交えさせれば、坊ちゃんがその少年の真意を見抜く事も可能かと。それが『剣王』スキルを持つ坊ちゃんの能力の一つですし」
領主軍を率いているらしい男はジンを高く評価しているようだ。
領主であるヘビン辺境伯が中立派入りと、ツヨカーン侯爵支持を決定出来ずにいたのは、強さを示す事が大きな意味を成す領内において、剣技において天才的な息子の発言権が強すぎる事が問題のようである。
他の者も、ヘビン辺境伯を立てつつも、ジンと呼ばれた子息の意見を支持している。
「……それをしてどうなる。我が領内においては強さが評価の対象だが、他所の者にしたらそれはただの難癖だ。使者が来るたびにそんな事をしていては、信用を失う事になりかねん。絶対に駄目だ」
ヘビン辺境伯も剣に覚えがある人物だが、それが全てではない事をよくわかっている。
だからこそ、武門一辺倒の領内の風潮を良しとしていなかった。
だが、その伝統で辺境を守ってきたのも事実であり、ヘビン辺境伯の子息や部下達の反対意見を一蹴する事も出来ないでいた。
「これは……、一難去ってまた一難でござる……。それにしても『剣王』というスキルは強そうでござるな……」
カズマは『霊体化』したまま溜息をつくのであったが、前世から剣の道には少し拘りがあるカズマであったから、『剣王』というスキルについてはちょっと興味がある。
それと同時に、時間が惜しいと感じたカズマは、剣を交えるだけで信用してもらえるならそれに越した事はないとも思えた。
「……あちらの言い分は無茶苦茶でござるが、単純でわかり易いのも確か。──ならば、やるでござる!」
カズマはそうつぶやくと、執務室の前で『霊体化』を解き、扉をノックするのであった。
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