第22話 旅立ち

 カズマが使者として立つ事が決定してから数日後。


 場所は、イヒトーダ伯爵邸の内庭。


 そこでカズマはその小さな体に、少し大きめの旅人用の服と、大きめのリュックを背負い、両親と幼馴染のアン、イヒトーダ伯爵に見送られようとしていた。


「カズマ、危険を感じたらすぐに逃げなさい。わかっているわね?」


 母セイラが母親らしくカズマの背負った荷物のチェックをしながら、そう言うと、ポンとリュックを叩いた。


「わかってるよ。お母さん」


 カズマは元気よく頷く。


「打ち合わせ通り、地図はまめに確認して、会う人間の特徴も忘れないようにな。お前を子供だと思って騙そうと近づいて来る奴は必ずいるだろうから気を付けろ」


 父ランスロットも数日の準備期間中に不安が増していたから、カズマに念を押した。


「ちゃんと頭に入っているから大丈夫だよ、お父さん。地図はしっかり確認する」


 カズマの能力の弱点は『霊体化』していると荷物も広げられない。


 その為、『霊体化』している最中、道を間違えても確認のしようがないから、イチイチ能力を解いて地図を広げないといけないのだ。


「本当にすまないな。事が発覚しそうになったら、書状を処分してすぐに逃げてくれて構わないからな」


 イヒトーダ伯爵も子供の背には重すぎる任務を任せる事になって、申し訳なさそうであった。


「はい。できるだけ成功するように頑張ります!」


 カズマは、父ランスロットの上司が相手だから、少し気負って答えた。


「カズマ、無理しちゃ駄目よ?私も付いていければ良かったのだけど……。──セイラおばさん、ランスロットおじさん、やっぱり私がついていくのは駄目かしら?」


 アンはこの事をセイラに聞いてからずっとカズマについて行きたいと言い続けていた。


 実際、アンも背負い袋を背負ってついて行く準備は万端だ。


「アンちゃんその気持ちだけで十分だから。カズマはいざという時、能力で逃げられるから選ばれたの。だから、アンちゃんはついて行っちゃ駄目よ?」


 母セイラはアンがついて行きそうなので、やんわりと足手纏いだと伝えた。


「……わかりました」


 アンは少し落ち込む素振りを見せると、続けた。


「カズマ、本当に気を付けてね。私がいないんだから無理しちゃ駄目だからね?」


 アンは普段の自分はカズマが無茶した時に止める役割だと認識していたから、心配もひとしおであった。


「大丈夫だって。僕も自分がいかに無力かわかっているから、危険なら一目散に逃げるよ」


 カズマは、笑って見せてアンの心配を一蹴する。


 そして、続けた。


「それでは、行ってきます」


 カズマは、そうみんなに告げると、武器収納から脇差しを取り出し、お腹に突き刺す。


 アンは相変わらずこれが、慣れないのか、「きゃっ!」と小さい声を上げる。


 それと同時に、カズマの姿が消えた。


「行ってらっしゃい、カズマ!危険と感じたら帰って来なさい!」


 母セイラが、カズマが消えた辺りの空間に向かって声を掛ける。


 父ランスロットも、


「無理だけはしないで行ってこい!」


 と、同じように、叫んだ。


「カズマ、待ってるからね!」


 アンは泣きそうな顔で、カズマがいない空間に手を振るのであった。



 カズマは、『霊体化』した状態で浮遊していた。


 眼下には両親、伯爵、幼馴染が手を振っている。


「よし、まずは領境まで道なりに向かい、検問所辺りを確認してから最初の目的地まで行ってみるでござる」


 カズマは、そう確認するように一人つぶやくと、東の領境目がけて、高速で飛んでいくのであった。


 領境まではあっという間であった。


『霊体化』したカズマにとって、道なりに進んでも馬の全速力にも勝てる自信がある。


 それだけ早く移動できるし、何より障害物が関係ないから真っ直ぐ進めるのだ。


 もちろん、『霊体化』しているカズマにとって、領地の外は未知の世界だから、地図を確認しながら進まないと道にも迷う。


 だから、高いところまで浮遊して、ただ、真っ直ぐ進んでいても目的地に付くとは限らない。


 気づかないうちに通過する事もあり得るからだ。


 だから、能力を解いて渡された伯爵家秘蔵の地図の写しを確認したり、時には旅人や地元の人間に道を聞く事も重要になってくる。


 そんな事を注意事項として両親と伯爵との話し合いで確認した事を思い出しつつ、領境を越え、隣領の検問所上空に達していた。


 眼下では隣領の領兵が、旅人の荷物を全て広げてチェックしていた。


 馬車にも乗り込んで荷物をひとつひとつチェックしている。


 中には荷物の一部を取り上げられて、イヒトーダ伯爵領側に追い返される者もいた。


 それは大人から子供まで同じであり、中立を謳う貴族領である事が、今の王国内では厳しい立場である事がよくわかるというものであった。


「……やっぱり、イヒトーダ伯爵領側からの旅人に対する検問が厳しいでござるな……」


 カズマはどうも『霊体化』すると、ござる口調が出やすいようで、そうつぶやくと、アンを連れてこなくて良かったと思った。


 あんな検問だとアンはすぐに怒って抵抗しそうだからだ。


「検問は全て、『霊体化』で通過する方が良さそうでござる」


 カズマは前世から慣れ親しんでいる霊体状態で検問所上空を後にすると、まだ知らない外の世界に向かって飛んでいくのであった。

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