第24話 秋と観覧車と銀髪少女

 晩秋の日が傾き、雲が朱に染まる。

 先輩たちと別れた後も遊園地でたっぷり遊んだし、そろそろ引き上げよう。


「最後は観覧車でいいかな?」

「観覧車イベント、たすかる」

「……オフコラボだし、てぇてぇお約束は守らないとね」


 とはいえ。


「せっかくだし、観覧車ぐらい仕事を忘れたいかな」

「わかりみが深い」


 詩楽は琥珀色の瞳をとろけさせる。


「おうちデートよりもドキドキするし」


 唇に茜色の陽が射す。

 あまりにも魅惑的で。


(そろそろ、キスぐらいしていいかな?)


 いけないことを考えていたら、近くで咳払いが聞こえた。

 観覧車の係の人が僕たちを睨んでいる。


「とにかく、乗ろうか」


 僕は詩楽の手を引いて、観覧車に乗り込む。

 ドアも閉められ、ゴンドラが昇り始める。


 ふたりきりという点では自宅にいるのと変わらないのに。


(なんでドキドキするんだろ?)


 好きな子と乗る観覧車ほど不思議な乗り物はない。


 じつは、観覧車でしたいこともあって、緊張している。


 高鳴る胸を押さえながら、隣に座る彼女の様子をうかがう。

 頬は笑って、目は不安そうでいる。

 あまり楽しんでいるようには見えない。


「どうしたの?」

「ん。なんでもない」


 なんでもなさそうには感じられない。


(メンタル弱い割に、素直に弱音を吐かないんだよね)


 だんだん彼女との付き合い方を覚えてきた。

 こういうときの対策はある。


「詩楽が楽しくないと、僕も面白くないんだよ」

「甘音ちゃん、ずるい」


 詩楽は唇を尖らせるが、不機嫌には見えない。


 自分で言うのはなんだけど、詩楽は僕が好き。僕が困ってると装えば、彼女は断れない。


「最近、あたしたち忙しかったでしょ?」

「そうだね」

「あたしは歌やダンスのレッスン。甘音ちゃんは配信で忙しい」

「ごめんね。寂しい思いをさせて」

「しかたない。あたしたちはVTuberだし」


 口では強がりながらも、詩楽は僕の手に指を絡ませる。体は正直だ。

 僕は優しく握り返す。


「それに、本当に寂しいときは勝手に添い寝するから」

「う、うん」


 週に6回はベッドに潜り込んでくる。

 寂しさに気づいてあげるべきだった。


(ベッドの中だと、エッチを我慢するのがしんどいんですけどね)


「年末には初めての3Dライブもある。いまが大事な時期。がんばらないとね」

「……すごいよな。3Dライブなんて」


 萌黄あかつきさんの3Dライブはワイチューブでの無料公開ではある。けれど、かなり気合いが入った内容と聞いている。


「はにーちゃんの3Dが間に合わなくて残念すぎる。ゲストに呼んだのに」


 初配信でチャンネル登録者数50万人を突破した僕。予想以上の成果を会社は認めてくれて、花蜜はにーの3Dモデルが作られることに。


 3Dモデルの完成予定が12月半ば。詩楽のライブまで10日ちょっとしかない。

 準備を間に合わせるのは厳しく、僕のゲスト参加はなくなった。

 そのまえに、僕の3Dお披露目配信も必要だし。


「歌は得意だからいいけど、あたしダンスは初心者だし。時間があるかぎり練習はしてるけど、みんなを喜ばせられるか不安なの」


 詩楽は外でのダンスレッスンにくわえて、配信の合間を縫って自宅でも練習をしている。


「詩楽、すごい努力してるよね」

「……努力しても結果が出なかったら意味がない」


 詩楽は自分に厳しく、プロ意識が強い。

 しかし、僕には自分を追い詰めているように感じられた。


 2ヵ月前、彼女は命を絶とうとした。

 その理由はわからない。

 自分から言わないかぎり、僕から聞くつもりはない。


 僕にできるのは見守ること。


 実は、定期的に、理事長に詩楽の様子を報告している。以前に比べて詩楽のメンタルは安定している、そう理事長は認めていた。


 最近は安心しているが、彼女は繊細な子だ。

 自分に対して厳しい発言がきっかけで、病む可能性はある。

 用心するに越したことはない。


「詩楽、なにに悩んでいるのかな?」


 恋人として、できるかぎり詩楽を知ろうとはしている。


 が、どうあがいても、僕は詩楽になれないわけで。

 彼女の過去を追体験したり、感情を読んだりはできないのだ。

 どんなに愛し合っていても、僕たちは他人なのだから。


 少しでも詩楽に近づくために、僕は単刀直入に聞いてみた。

 話してくれるか不安だったが。


「甘音ちゃんは、どうやって男性リスナーさんの欲望を充たしてるの?」


 観覧車は頂点に来ていた。

 眼下の街が朱に染まっている。


「答えはあかつきさん」

「えっ、あたし?」


 キョトンとする詩楽に、僕はうなずく。


「数ヶ月前、ほぼ1日中、あかつきさんの配信を聞いてて、僕は救われてた」

「……」

「あかつきさんのどこに惚れたか徹底的に考えたんだ。で、自分の好きなものは多くの男子も好きと自分勝手な理屈を立てて、はにーで実践してみたわけ」


 詩楽はうれしそうにしたものの。一瞬で顔が曇る。


「甘音ちゃん、男性に媚びを売ってる気しない?」

「……少しはね。エゴサしても、『はにー、甘い声で男に媚び売って、キモっ』とか言われてるし」

「○す」


 僕のカノジョから殺気が漏れた。


「でもさ、僕、演じてるときは自分が自分じゃなくなるんだ。だから、はにーでいるときは気にならないかな」

「……そう。甘音ちゃんは強いんだね。

「詩楽は、僕の憧れだよ」

「ごめん、変なこと言って」


 下りつつある観覧車に晩秋の夕陽が射す。

 茜色に染まる白銀の髪に、胸がかきむしられる思いがした。


「気にしないで」

「そうだね。3Dライブもある。あたし、がんばる。甘音ちゃんと一緒にいたいから」


 詩楽の言葉の意味がわからない。

 けれど、決意が伝わってきて。


「応援してるよ」


 願いも込めて、僕はカバンからソレを取り出した。


「詩楽、これ、受け取ってくれるかな?」

「うわぁっ、キレイ」


 詩楽はシルバーネックレスに目を輝かせる。


「ん。かけて」


 恋人は姿勢を正し、背伸びをする。

 僕は細い首に手を回し、ネックレスをつけた。


「やっぱ、似合ってる」

「甘音ちゃんありがとう。あたし、甘音ちゃんがいてくれるだけで救われるの」


 彼女の言葉が胸に染みた。


「僕、3Dライブ、見守り係に立候補しようか?」

「ありよりのあり」


 そういうと、詩楽はギュッと抱きついてきた。セーター越しに彼女の存在を実感する。


「もう離さない」

「僕も。お互いに忙しいけど、家にいるときぐらいはずっと一緒にいようね」


 夢中になって、お互いの体温を確かめ合っていたら、いつのまにか到着していたらしい。

「爆発しろ、バカップルめ」と、係員がつぶやくのが聞こえてしまった。

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