第4章 解釈違い
第59話 【誕生日デート】アクアマリン
時間は流れ、3月に入った。
今日は期末試験の最終日。詩楽の誕生日でもある。
昼前に試験が終わった。
「ん。甘音ちゃん、あたしの準備は終わったから」
詩楽は気合いの入った格好をしていた。
ニットのワンピースはミニスカート。起伏が豊かな体のラインと、みずみずしい太ももは美しい。
「夜、配信があるのが、残念かも」
「ん。あたしも。誕生日デートが夕方までなんて、寂しい」
(試験期間中に配信をしていたら、今日は休んだんだけどなぁ)
僕たちは高校生なので、試験期間中に配信活動は運営から控えるように言われていた。
1週間も配信を休んだので、どうしても今日は配信したかった。
詩楽も同じ考えで、誕生日デートは昼から夕方までになったのだ。
「じゃあ、お店の予約もあるし、そろそろ行こうか」
詩楽は桜色のコートを羽織る。コートの丈は長く、膝まで隠している。
電車に乗って、1駅で降りる。
数分歩き、イタリア料理店に入った。
高校生にしては高めだけれど、高級店に比べたらリーズナブルだった。
個室に案内される。
着席すると、ケーキが運ばれてきた。
メッセージプレートには。
『Happy Birthday これからも推します』
(これ、お店の人も意味わかんなかっただろうなぁ)
「甘音ちゃん、ユニークだね」
「『愛してる』とかにしたかったんだけど、さすがに恥ずかしくて」
「ん。あたしはわかるから問題ない。甘音ちゃんの気持ちは受け取った」
ランチ用のコース料理が運ばれてくる。
カルパッチョや、カルボナーラ、牛もも肉のステーキ。おいしい料理に舌鼓を打つ。
ひととおりの料理を食べると、詩楽はおなかをさすり。
「誕生日を祝ってもらえるなんて、夢みたい」
しみじみとつぶやく。
琥珀色の瞳は、はかなげにまばたきをしている。
「一昨年までは誕生日はひとりで適当に済ませていたから」
「去年は奏に高級ホテルのフランス料理に誘われた」
「……さすが、理事長。あれ? 誕生日を祝ってもらえたんじゃ」
「ん。あたしから断った」
「あの人ならお金は大丈夫だろうし、もったいない」
「フランス料理は敷居が高すぎる。あの頃はテーブルマナーも自信がなくて、マジ無理だった」
言われて気づいたが、詩楽は普通にナイフとフォークを使えていた。
過去の詩楽を想像する。
最低限の家庭教育すら施されていなかった彼女。
小学生のときにNPOの支援を受け、大人から生活に必要な知識を教わったとは聞いている。
洋食のマナーまでは身に着けていなかったのかもしれない。
「でも、たった1年で僕よりも上手くナイフが使えてる。ホントに詩楽は頑張り屋だよな」
「VTuberはいろんなことを知らないといけない。だから、覚えた」
彼女は当たり前のことにように言うけれど、どれだけ大変か。
「僕、がんばってる詩楽が好きだよ」
「あたしも、優しい甘音ちゃんがだいしゅき」
見つめあっていたら、スタッフが皿を下げに来た。
(恥ずかしい)
「じゃあ、そろそろ出ようか」
会計を済ませて、外に出る。
近くにある水族館へ。平日の午後なので、すいていた。
薄暗い館内。ブルーのライトが水を照らす。
そこに、無数のクラゲが浮かんでいる。
「うわぁ、きれい」
光るクラゲに詩楽は目を輝かせる。
お次は、チンアナゴの群れだ。
「砂から棒みたいなのが生えてる」
「そ、そうだね」
チンアナゴに独特な感想を抱く、僕のカノジョ。
内容的には、セーフで助かった。
僕の周りにいる先輩だったら……?
『おち○ちんみたいなチンアナゴ。棒が立ってる! いい女いねえって、必死な目で探してるし、マジでお友だちになれそうだぜ』
『愛の伝道師として断言する。チンアナゴという生物、まさに愛の魂。地球に愛を伝えるために、神が派遣した使者なのかも。愛の天使じゃん』
それぐらい言いそう。チンアナゴに失礼だし、炎上しかねないので、謝ってください。
まったりとチンアナゴを眺めながら、そんなことを思った。
それから、ペンギンや金魚、サメなどを見て、水族館を出る。
3月に入り、日は延びたとはいえ、既に夕方近い。
残念だけれど、そろそろ帰らないと。
「最後に寄りたいところがあるんだけど」
「ん。まだ時間は大丈夫だから」
水族館を出て、川沿いの道を歩く。
あと10分ちょっと歩くと、僕と詩楽が出会った橋を通りかかる。
あれから、半年近く。
長くて、短かった。充実した日々は、あっという間だった。
「そこの公園で休んでいかない?」
「ん。わかった」
カップルに人気の公園も平日の夕方。カップルを見かけても、学生カップルばかりだった。
空いているベンチに腰を下ろす。
川が見える。思い出の橋を夕陽が照らしていた。
「……きれい」
朱に染まる景色に、詩楽は感情を動かす。
「僕、詩楽と出会えて、ホントによかった」
「あたしも。ぼんやりと歩いて、あの橋にたどり着いて、ラッキーだったかも」
彼女は微笑を浮かべて、過去を振り返る。
「今の僕の気持ちと、未来への願いも込めて――」
僕はカバンからソレを取り出すと。
「受け取ってくれるかな?」
「うわぁ、ありがとう」
アクアマリンが埋め込まれたネックレスを、詩楽の首にかける。
早春の夕陽が宝石を照らす。煌めいていた。
「アクアマリンって、3月の誕生石だよね?」
「うん。アクアマリンはね――」
僕は宝石に祈りながら、言葉を紡ぐ。
「幸福、夢の実現、健康、歓喜。アクアマリンは、それらを象徴しているらしい」
「……」
「詩楽がいつまでも幸せで、夢を実現して、健康で、喜んでくれたらいいな。そう願って、選んだ」
「うれしい、うれしすぎる」
詩楽が腕に抱きついてくる。
「あたし、幸せになる。なにがあっても負けない」
「強いな、詩楽は」
「だって、甘音ちゃんも一緒だし。もう大丈夫」
根拠がない自信ではあるけれど。
豆腐メンタルな彼女が言うと、心強かった。
「よいしょっと」
彼女は勢いよく立ち上がる。
僕は彼女の横に並ぶと、腕を組んで、揃って歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます